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5月29日 幸福の日 【SS】私の幸せ

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】-幸福の日

東京都中央区銀座に本社を置き、インターネットなどでグリーティングカード、慶弔関連ギフトなどを販売する株式会社ヒューモニー(現:佐川ヒューモニー株式会社)が制定。

日付は「こ(5)うふ(2)く(9)」(幸福)と読む語呂合わせから。世界の人々が幸せに平穏に暮らせることを祈って記念日とした。「幸せになりたい」「幸せにしたい」というメッセージの公募などを行っていた。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。


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【SS】私の幸せ

 幸せというものをどう感じるかは人それぞれで違うだろう。一生を終える瞬間にしか、人生が幸せだったかどうかわからないという人もいるし、日々幸せを噛み締めながら生活をしている人もいるだろう。もしかすると人の数だけ幸せはあるのかもしれない。幸福というのは「心が満ち足りていて不平不満がない状態」だそうだ。そう考えるとそんな状態で一生を過ごすことは困難だろうから、一生を終えるときに感じるというのはある意味正しいのかもしれない。過去にいろんなことがあったとしても、死の直前で何も思い残すことなく、静かに向こう側に行けるのなら、幸せな人生だったと思うのかもしれない。たとえ過去に凄惨な時代があったとしても。

 ある高校三年生の仲良し三人組、裕子、幸子、愛子が幸せについておしゃべりしていた。

「ねぇねぇ、幸子は将来どんな幸せを手に入れたいの。私は、断然玉の輿だなぁ。だってお金がないと幸せになれないじゃん。だからお金持ちの家にお嫁に行くの」

「裕子は本当にお金が好きだよね。いっつも言ってるし、ケチだしね。私は、愛する人と愛する人の家族と一緒に生活できれば、お金がなくてもそれでいいかなぁ。愛子は、どお」

「えー、私は、好きなことをして一生を終えられればいいなぁ。私の好きなことはたくさんの友達を作っておしゃべりをすることかなぁ」

「何それ、愛子って頭いいくせに変なの〜」

 こんな他愛もない会話をしていた裕子、幸子、愛子は、この後それぞれ大学進学をしてそれぞれの道を歩み始めた。

 裕子は自分の夢と幸せのために大学生の頃から資産家の男性を物色し始めていた。結局、そんなに上手くいくはずもなく、少し自分の理想を下げ、マッチングアプリを利用して起業家と知り合うことができた。相手は人工知能の会社を起こして急成長している会社の社長だった。資産家ではないけど、玉の輿には違いないと思い、近づき結婚まで漕ぎ着けた。これで、裕子は自分の幸せを手にいれたと思った。しかしそこに待っていたのは姑との確執だった。幸せとは程遠い生活が始まり、五年と持たず離婚となってしまった。その後は、まともな就職先も見つからずパートタイムで細々とした生活を送っている。

 幸子は、マイペースで進んでいた。大学を出た後は実家に近いというだけで農協に就職し、のほほんとした生活を送っていた。そして出入りしていた農家の青年と知り合い、なんと大家族の農家に嫁いで行ったのだ。食事や洗濯だけでも半端ない量の対応をしなければならず、肌荒れもひどくなり次第に出かけることもないので化粧もしなくなっていった。ふと気がついて鏡を見たとき、自分で描いていた理想の家族とは程遠い生活をしていることに気づいた。それでも、授かった子供は可愛かったのでなんとか日々の生活を耐えて過ごしていた。

 愛子は、大学を出てからある政治家の秘書になっていた。街の有力者や主婦や事業をしている人などを毎日訪問し、話し相手になったり、お願いをしたりして過ごしていた。たくさんの人と話をする毎日だった。ただ、それは他愛もない会話ではなく、何かを頼まれたり、選挙が近づくとお願いをしたりと心が休まる暇がなった。本来は心が休まる友達をたくさん作りたかったはずなのにと、一人になるとため息をつくような毎日になっていた。

 どうやら三人とも三十路を超えた時には、幸せとは感じられないような生活を送っていた。そして、そんな生活から更に二十年が過ぎた。

 裕子は、コツコツ貯めた貯金で小さな小料理屋を開業し、女将として頑張っていた。残念なことは連れ合いがなく独り身のままということだったが、結婚生活の大変さを知っていたので、裕子はもう結婚しなくてもいいと思ってしまったようだった。女将となってから、顔は溌剌と輝き、毎日笑顔で客に接していた。常連客も増え、店もまぁまぁ繁盛しているようだった。裕子は日々生活していける収入も安定し、これが幸せというものかもしれないなと感じ始めている。

 幸子は、大家族の農家での生活も祖父母が亡くなり、義父も亡くなり義母は施設に入って、幸子夫婦が家を支える役割となっていた。時間というものが世代交代を促し、家族の構造変化を起こしていたのである。今では、誰にも遠慮することなく、毎日を笑顔で過ごせるようになっている。長男は農家を引き継ぐことを決意し父親を手伝っている。長女はすでに他家に嫁いだ。時折遊びに帰ってくるだけだ。それに可愛い犬の家族も増えた。家族で生活できる幸せを噛み締める毎日が続いている。

 愛子は、政治家の秘書として長く勤めているとき、政治家の家に嫁いだ。そして、今では自らが議員選挙に立候補することを決めて準備していた。地域の人たちの声を聞いてその実現に努力する喜びに目覚めたようだった。それというのも、生活費の心配や家族内の問題が全くないということが、周りに目を向ける余裕を生んだようだった。今では、充実した日々を送ることができていることに幸せを感じている。

 このように三人三様で、高校生のときに思い描いていたこととは、かなり違う生活を送ることになったようだが、人は時間と共に変化する環境に対応していかなければならないのである。そして、その中で「幸せ」を見つけるということは、いろんな事を許容したり、妥協したり、時には挑戦したりして自分の心の中にある波風を少しずつ少しずつ無くしていくことなのかもしれない。そして、心が凪のような静かな状態になった時に、人は「幸せ」と感じるのかもしれない。


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