【SS】執着 #青ブラ文学部
私は以前は美しかった。周りのみんなからはもてはやされ、まるで女王様のように振る舞っていた。私の周りには常に男性が群がっていた。しかし、それは30年も前のこと。年を重ねるにつれ重力に逆らえない顔になり、次第に笑顔も少なくなっていった。コロナ前まではそれでも意識して明るく振る舞っていたのだが、コロナ禍とともに、サングラスにマスクが常態化し、素顔を人前に晒すことがなくなると笑うことさえなくなった。でも、私にとっては幸いだった。できればこのままずっと続いてくれれば良いのにとさえ思っていた。しかし、そんな私の希望とは裏腹に終息したわけでもないのにマスクは外しても良いという方針に切り替わった。一人だけマスクをつけ続けることには違和感がある。なんとかしなければ。
私は一大決心をした。もう一度、美しかった頃の顔を取り戻したい。還暦を前にしてもう一度若かった頃の顔を取り戻し、みんなからの羨望の眼差しを浴びたいという願望が抑えきれなくなった。いつの間にか、私の周りから男性の姿も女性の姿も消えている。気がついた時にはひとりぼっちになっていた。同期の女性は全員結婚してすでに孫までいるというのに、私は結婚すらできなかった。一番モテていたはずの私なのに。鏡の前で「もう一度あの頃に戻るためにあの頃の顔に戻る」と自分に言い聞かせ、私は、美容整形クリニックの扉を開けた。私には縁がない場所だと思っていたけれど、ついにやってきた。先生との打ち合わせが始まった。私は、大きく深呼吸をして、若かりし頃の自信のある写真を先生に見せて言った。
「二十代の時のこの顔に戻してください」
「この写真の顔にですか。かなりの大手術になりますがよろしいですか。それなりの費用も必要になります」
「お金は大丈夫です。この顔が取り戻せるのなら」
「わかりました。それではスケジュールを決めて手術と入院の手続きをしましょう。なんとか七夕の頃には退院できるようにしましょう」
こうして私の顔を取り戻す計画は実行段階に入った。余分な脂肪を取り除き、シミを除去し、皮膚には潤いを与え、下がった頬と瞼と目尻を引き上げる。顔全体から皺という皺をなくしハリのある顔に戻すのだ。なかなかの大手術。幾度かに分けて実施するということになった。仕事の方は長期休暇を申請した。手術が終わればまた私の周りには男性の輪ができることだろう。
今は桜が散った春の終わり。これから私は全ての手術が終わるまで外界との接触を遮断する。そして、美しい顔を取り戻してみせる。術後は顔が突っ張るものらしい。若い時のように自然な笑顔になれるのだろうか。それだけが心配だ。そんなことが頭の中をよぎる。笑える夏が来るのはいつの日か?
了
山根さんの下記企画への応募小説です。
出だしの言葉指定ではなく、終わりの言葉指定のお題は、難しいですね。
楽しい企画ありがとうございました。
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