【SS】 手に入れることができない平和 #シロクマ文芸部
平和とは誰もが望みながらも、絶対に手に入れることができないものなのかもしれない。一瞬の平和な時間を手に入れることは誰にでもできるのかもしれないが、それを持続させることは不可能としか思えない。
争い事のない静かな村に異変が起きたのは、積乱雲が空の三分の一を覆っているような、ある夏の暑い日のことだった。雲で見え隠れしながら、無数の黒い物体がブーンという羽音を立てながら押し寄せて来るのが見え始めた。村人は今までに見たことがない光景に驚き、警戒感を露わにしながら緊急事態の情報を流した。国境に接しているこの村では、セキュリティを考慮して、村の中だけで有効な無線が張り巡らされている。この村には二百人ほどの人が住んでおり、民家は五十件ほどでそれぞれ距離を置いて建っている。
村人は口々に「まさか始めてしまったのか」と言いながら、自宅に戻り、緊急事態用のボタンを力強く押した。迫り来る無数の黒い物体は、遠くの山脈の上に差し掛かっている。丁度国境を跨いでこちらに向かって飛んできているところのようだ。
緊急事態用のボタンを押した民家は、次第に土の中へと潜り込み、厚さ三十センチはありそうな特殊合金の蓋が民家を隠してしまった。同様に、畑や牧草など人の手によって作られたものは全てが地中に入ってしまった。もちろん舗装された道までも地中へと消えていった。村全体がすっぽりと地中に隠れてしまったのだ。地中に消えた村は、地上からの一切の電波が遮断され、レーダーにも探知されないようになっている。村人は地中で息を殺して、飛来する黒い物体が通り過ぎるのを待った。
地中では、村長がみんなに説明をしていた。
「みなさん、どうやら始まってしまったようです。束の間の静寂も今日を境に無くなり、轟音が響く日々へと移り変わるでしょう。我々の村では平和な時間を過ごしていましたが、しばらくは安心できなくなることでしょう。そのために百年の歳月を掛けて作った地中への避難機能を使うことになりました。我々の村は、戦争に加担することはしません。参加しても平和は取り戻せないからです。私たちにできることは、通り過ぎる嵐を待つことしかありません。みなさん、どうか理解してください」
「村長、私たちも戦争なんかに関わりたくありません。でも、我々の村以外の人たちが戦争に参加して傷ついているのかと思うと、胸が苦しくなります」
「そうですね。私も苦しいです。でも、それ以上にここにいる人たち、特にここにいる子供たちが傷つかないようにしたいのです。我々はまず身近な命を守らなければなりません。永遠の平和は訪れることはありません。人は争いを好んでしまうのですから。少なくとも、我々の村は争いから遠い存在でありたいと願っているのです」
やがて、地中に設置されているモニターに地上の様子が映し出された。空を覆うほどの無数の黒い物体が村の近くまで来ている。太陽を遮るほどの数で夕方のように暗くなってきているようだ。飛来しているのは、爆弾を抱えたドローンだった。先頭を飛んでいるドローンは時折爆弾を投下し、反撃がないか確認しているようだ。やがて、頭上でも何個か爆弾が投下され、ズーンという音が村人が避難している地中にも響き渡った。
遂に、隣国との間で戦争が始まったのだ。これまで外交でなんとか凌いでいたようだったが、遂に隣国のリーダーは痺れを切らし、それらしい理屈をつけて侵攻を開始した。これから当分の間は、両国とも得られるものはなく失うばかりの時代に突入していくのだろう。
人は平和を望む生き物なのに、なぜ争いに突入してしまうのだろうか。いかなる理由を並べ立てたとしても人間同士の戦いに正当な理由を見出すことはできない。争いになることを防ぐために、法というものを定めたはずなのに、国という境界を超えた途端に、争いが始まるような気がしてならない。しかし、戦争というものが、人間の持つ技術的進歩に寄与して来たことも事実として受け止める必要はあるのだろう。
了
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