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7月26日 幽霊の日 【SS】たとえ死んでも

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】- 幽霊の日

1825年(文政8年)のこの日、江戸の中村座で四代目・鶴屋南北作『東海道四谷怪談』が初演された。
『東海道四谷怪談』(通称『四谷怪談』)は、四谷左門の娘・お岩が、夫・民谷伊右衛門に毒殺され、幽霊となって復讐を果たすという話で、江戸の町に実際に起こった事件をモデルにしている。怪談の定番とされ、鶴屋南北の歌舞伎や三遊亭圓朝の落語が有名であり、また映画化もされていて、様々なバージョンが存在する。


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【SS】たとえ死んでも

「非常に残念ですが、現代の医学では奥様の癌細胞を取り除くことができません。リンパ節を通してガン細胞が全身に転移している状態です。できるだけ多くの時間を奥様と過ごされることをお勧めします。おそらく、奥様に残された時間は三ヶ月前後かと思われますので大切にお過ごしください」

「え、そ、そんな」

「私どもから奥様にお伝えすることも可能ですが、どうされますか。お辛いとは思いますが、ご主人様の決断をお願いします」

「うっ、妻には内緒にしておいてください」

 今日、病院の担当医から呼び出された我妻雄太は妻の綾乃の病状を知らされた。ガンの進行が思ったより早く、まるで自分の死の宣告をされたように感じていた。妻の前では暗い顔はできないと思い、妻のいる病室の前で自分の頬を両手でパンパンと二回叩き、口角をあげて病室の扉を開けた。そこにはベッドの上で本を読んでいる妻がいた。その姿を見ただけで涙が込み上げそうになるのを懸命にこらえて、ベッドのそばまで作り笑顔で歩いて行った。

「変な顔。すぐに解るわよ。先生から辛いことを言われたんだろうなって。私の体なのよ。わかってるわ。手遅れだって言われたんでしょう」

「えっ、いや、そんなことはないよ。きっと良くなるだろうって」

「もう、そんな子供騙しの慰めなんていらない。私は残された時間と死んだ後の天国に行くわずかな時間の使い方をあなたと共に考えたいの。だって、そうしないと後悔してしまうから」

 綾乃はそう言うと肩を小さく振るわせて涙を流した。病気を悔いての涙ではなかった。雄太を残して逝ってしまうことへの申し訳なさで涙が溢れてしまったのだ。口下手な雄太は綾乃を見守るばかりで、かける言葉を見つけることができずに、綾乃の隣に腰掛けて肩を抱くだけだった。しばらく静かな沈黙が流れた。そしてその静寂を破るかのように綾乃がしっかりとした口調で雄太に問いかけた。

「雄太。先生は私の寿命は後どのくらいっていってたの」

「え、それは。あの、その」

「雄太、男でしょ。はっきり言ってよ。辛いのは私なんだから」

「うん、あと、三ヶ月くらいだって」小さな声で呟いた。

「えっ、三ヶ月って言った、ねぇ、雄太。思ったより短いなぁ。残したいこと全部できるかなぁ」

「えっ、残したいことって何」

 この会話の後、綾乃は退院申請をして毎日通院する条件で許可を得た。残りの三ヶ月で何をしようとしているのか雄太は理解していなかった。二人は、一緒にアパートに帰った。そして、綾乃は、生活費の内訳や料理のレシピを書いたノートを棚から取り出して雄太に渡した。

「私がいなくなったら、これを参考にして生きてほしい。そのうちに、いい人も見つかるとは思うけど、それまでは無駄遣いしないで、自分の体を大切にする食事をしてほしいの」

「・・・そんなことより、一日でも長く綾乃が生きられる方がいいよ、僕は」

「ありがとう。でもね、人って生きている間は一生懸命に生きて社会の役に立つべきだと思うの。私はその期限を決められてしまったから、私の分を雄太に託したいの」

「それは、綾乃が生きていれば僕だってそう思い続けるさ、絶対」

「ううん、私がいなくなっても、雄太は自分自身のために生きてほしい。それが私の願いなの。それにね、以前昏睡状態になったことが一度あったでしょ。その時にね、私、神様と会って約束したのよ」

「えっ、神様と会った」

「うん、その時に神様とね、死んでから四十九日間は雄太のそばにいられるようにしてくれるって約束したの。だから、本当のお別れは、私が死んだ後四十九日経った時なの。それまでは私だけを見ていて、雄太、お願い」

「お、俺は、ずーっと綾乃だけしか見ないよ。ずーっとだよ」

「雄太、それはダメよ。新しい出会いで素敵な女性を見つけてちょうだい。だって、雄太の人生でこれから先、一緒にいてくれる人がいないなんて私の方が耐えられないわ。だから、四十九日過ぎたら新しい彼女を見つけて、ねっ」

「そんな、もう死ぬようなことを言わないでくれよ」

 雄太と綾乃は一緒に自宅に戻った後の一ヶ月間は、無理のない程度に、綾乃が行きたいところに連れて行き、食べたいものをたべさせ、常に一緒にいる生活を送った。その間に、綾乃は雄太に対し、一人になっても困らないように伝えるべきことを伝え続けた。料理も雄太が作るようになった。そして、三ヶ月が過ぎ四ヶ月目に入ろうとした時に、綾乃の体調は急変し、あっけなく帰らぬ人となった。通夜と葬式があっという間に終わり、綾乃の遺骨をしっかりと抱えてアパートに帰り、電気をつけるのも忘れて仏壇の前に座っていた。全てを失ったような虚脱感に襲われ、遺影を見つめているとふと白い影が現れた。

 幽霊となった綾乃だった。それでも、雄太は嬉しかった。抱きしめたいがそれは叶わない。ならばと思い、話しかけてみる。

「綾乃、僕の声が聞こえるかい。僕はとっても悲しくて立ち直れそうにないよ」

「ばかね。雄太、あなたは男でしょ。もっと強くなって。私言ったでしょ。神様と約束したってこと。だからしばらくはあなたのそばにずっといるのよ」

「え、僕と一緒にいてくれるのかい」

 こうして、綾乃が亡くなったあとは、日が沈むと同時に雄太のアパートに綾乃の幽霊が現れるようになった。他愛もない会話や、綾乃が生前に話した内容のおさらいを毎日していた。綾乃はなんとかして雄太に元気になってもらって再出発してほしいと思っていた。幽霊になった綾乃は「きっかけを作らないと雄太がお付き合いする相手を見つけることは不可能ね」と思い、四十九日が満了する日に、雄太を説得しようと決断したのだった。やがて四十九日が訪れた。親戚一同は祭事場に集合し、綾乃の死を慈しんだ。

「ねぇ、雄太。いよいよ本当のお別れが来たわ。あとはお盆の日ぐらいにしか帰ってこれないから自分の力で生き抜いてね。そして、私のことは忘れること、約束だからね。忘れる努力をして私よりもいい人を見つけてほしいわ」

「僕は綾乃以外に好きな女性を作るつもりはない。僕の人生も今日で終わりなんだ」

 でも綾乃は知っていた。雄太は寂しがり屋で一人では生きていけないと言うことも。そして、雄太を慕う女性が同じ職場にいることも。綾乃はだんだんと姿が薄くなり、消えてしまった。最後に「さようなら。いい人を必ず見つけるのよ」という言葉を残して。

 綾乃の最後の姿が消えてしまい、呆然としていると、雄太のアパートのチャイムがなった。会社の後輩の女性が潤んだ目をして玄関の前に立っていた。


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