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【SS 1月10日】みんなの移住の日

【今日は何の日ショートショート】- みんなの移住の日

 京都府京都市上京区に本社を置き、移住促進事業やまちづくり事業などを手がける株式会社ツナグムが制定した記念日で、日付は「い(1)じゅう(10)」(移住)と読む語呂合わせから1月10日としたもの。記念日をきっかけとして移住について話し合うことで都市部から地域への移住が進んだり、移住をお祝いする日としてもらうことが目的とされた。

 リモートワークが可能となり、土地が高い都心から地方での暮らしに転向する人も増加している昨今、移住は加速するのかもしれませんね。


【SS】決断された移住

「総理、移住するために残された時間が迫っています。決断をお願いします」
「言われなくても解っている。国民にとって大変な決断なんだ。そう簡単に口に出せるものか。うーん、何か他に手段は本当にないのか」

🔶 🔶 🔶

 今は、2400年。すでにアメリカやヨーロッパ各国も移住を決定した。にもかかわらず日本は逡巡している。それというのも、賛成と反対意見が拮抗しているからだ。だが、事態はそれほど甘いものではなかった。折からの温暖化が急速に進みウィルス拡散のスピードが以前の一千倍ほどとなり、尚且つ南極の氷も半分以上溶けてしまった。アルプスにはすでに雪はない。極寒の地シベリアも暖かくなっている。日本では通常の温度が四十度を超え、電力不足に陥るとともに、上昇した海面で日本全体も危うくなっている。

 そんな中、移住に反対している人たちは島の代わりとなる船を作り人工島にして住むことを各地で進めつつあったのだ。片や賛成派はすでに地球を脱出しようとしているアメリカやヨーロッパ諸国に連動して宇宙船の準備を始めていた。

 日本の総理は優柔不断ではなかった。総理は実は損得を計算していたのだ。なんとか地球上で生活できる環境を整えることができれば、日本が主導権を取れるかもしれないが、宇宙に行ってしまうとアメリカの後に続くしかないということを必死になって考えていたのだ。

 そして総理は決断した。

「我々は海に囲まれて生きて来た国民である。よって、これからも海とともに生きていかなければならない。しかし、宇宙に飛び出すことも人類の発展上重要だ。だから我々日本国民は、地球に残って地球全体の改善に最善を尽くしながら、一部の日本人を選抜して宇宙に飛び立ってもらおう」
「総理。それって折衷案ですか?」
「そうではない。私が考えた最善策だ」

 総理の心の中は野望が目覚めていた。大国が地球を離れる今、我々が地球のリーダーとなることができるだろうと考えたのだった。そして宇宙への移住対象者は約三千万人の国民が希望と選抜で決定され、次々と宇宙空間へと旅立っていった。残った日本人はわずかばかりとなった国土と着々と作っておいた島の代わりとなる船に乗船するものの二組に分かれ、船に乗り込んだものたちはシベリアを目指した。わずかになった国土に残ったものたちは、建物を結合し陰を作り、波の動きで発電できる装置を作った。人数が減ったことにより電力の目処はついた。

 ほぼ三分割された日本人は、従来の国力を失ってしまった。総理の誤算だった。野望ばかり気にしてしまい総合的に判断することができなかった。結果、地球上では各国の主導権争いが勃発し、シベリア移住組と残留組との間でも火花を散らす関係となってしまった。宇宙に旅立っていった日本人からも連絡は入って来た。思っていたようにはならず宇宙空間でも主導権争いが勃発し始めたということだった。

 そんな中、日本を脱出してシベリアに向かった船のうち、一艘だけが全く別のルートの波に乗って移動していた。この船には、一万人程度の日本人が乗っていた。それも20代を中心しとた若者が多かった。電力供給のための波力発電装置も曳航しながら進んでいた。これで船で必要な電力はなんとか賄えていた。

 この船だけは乗船している人たちが意見を出し合い、話し合うことで進路を決めていた。リーダーだけの決定ではなかった。彼らは、気温が落ち着いて海面上昇が止まるまで、船の上で生活をすることを決断し、台風の通り道を避けて生き抜いていこうということを決定していたのだ。

 その後温暖化はスピードを増して進み、日本の国土はほとんど無くなってしまった。日本に残っていた人たちは慌てて大陸に渡ろうと試みていたが、大半はうまくいかず亡くなってしまった。一方、シベリアに上陸した集団は生活インフラがないところに踏み出したため、未知のウィルスとの戦いになり多くの人は命を落とした。また宇宙に旅立った人々も飛来する隕石を避けながら進んではいたが、隕石との衝突を避けられず宇宙船が爆発する事故が多発していた。

 結局、単独行動に踏み切った海の上の船だけは無傷で、陸のウィルスからも隔離された状態となり、全員が船内生活で健康に過ごしていた。時間はあっいう間に過ぎて三十年が経過していた。生き残っている地球上の人類はこの船を除くとほんのわずかになっていた。地球の未来はこの船の中の日本人に託されたのだった。

 後に、陸上での生活が安全なものになり、生活インフラが再構築され、人々は国境のない地球での生活を得ることができていた。そして、当時の船はノアの方舟2世と呼ばれて伝説になった。

 今では、地球上の標準言語が日本語になったことは言うまでもないだろう。


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