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6月2日 裏切りの日 【SS】おまえまで

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】-裏切りの日

1582年(天正10年)のこの日(旧暦)、本能寺の変で、織田信長は明智光秀に裏切られ、本能寺に宿泊しているところを襲われ、自害した。

中国地方攻略中の羽柴秀吉から応援要請を受けた信長は、自ら出陣することを決め、側近の者と京都・本能寺に宿泊した。明智光秀も出陣を命じられ丹波亀山城を出発したが、進軍の途中で道を変更し本能寺を襲撃した。襲撃を知った信長は近侍の森蘭丸に誰の襲撃かを尋ね、光秀と聴くと「是非もなし」(是非も無い:仕方がない)と一言語り、自ら弓をとって戦ったが及ばず、自害したと云う。


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【SS】おまえまで

 サラリーマンは居酒屋で呑みながら愚痴をいうのが日常。今日も営業の仕事を終えた昇進できない男二人が新橋に飲みに来ていた。すでに立ち飲み屋で一杯引っ掛けてきたようでほろ酔い気分になっている。この二人は、同じ会社の先輩後輩で、人吉須直ひとよしすなお、三十九歳と一本木進いっぽんぎすすむ、三十七歳だった。一本木はどうしても聞いてもらいたいことがあるということで先輩を誘っていた。

「人吉さん、今日はもう一軒付き合ってくださいよ。まだ早いしあと一軒くらいいいでしょ。聞いてもらいたいことがあるんですよ。人吉さんの家庭は幸せそうだから僕みたいなことはないと思いますが、僕は悲劇なんですよ」

 そう言いながら二人は新橋ガード下の居酒屋の暖簾をくぐっていた。ものすごく賑やかな居酒屋である。話し声もかき消されてしまいそうなくらいうるさい。しかし、そのくらいうるさい方がどうやら一本木はしゃべりやすい内容だったらしく、脇目も振らずこの店に入ってきた。かろうじて座る席を確保し、焼酎を注文し一口飲んだら一本木が話し始めた。

「人吉さん、僕ね。離婚することになったんですよ。結婚式にまで出ていただいた先輩に言うのは恥ずかしいのですが、もう修復不可能に至りました」

「えー、離婚するのか。お前たち。あんなに仲が良かったのになぁ。もう十年以上になるよな。結婚してから。一体何があったんだ」

「話せば長いことながら。それを短く一言で言うならば、浮気ですよ」

「なに、お前好きな子ができたのか、奥さん以外に」

「僕にはそんな時間もお金もありませんよ。奥さんに好きな人ができたんですって。で、慰謝料はいらないから離婚してくれって。緑の紙を突きつけてきたんですよ。こんなに嫁さんのために一生懸命働いてきたのになぁ」

「あちゃー、まじか。想像もできないな。で、奥さんの相手って知ってるのか」

「あったことはありませんけどね。会社を経営してるみたいで、結構羽振りがいいみたいなんですよ。僕と違って」

「それで、お前どうしたんだ。その時」

「頭に血が上ってたので、勢いでサインして印鑑押してしまったんですよ〜」

「ばっかだなぁ、それじゃどうしようもないじゃないか」

 こうして一本木の告白タイムのために居酒屋に入ったのだが、今更アドバイスもできないし、沈黙の時間が流れた。

「先輩、なんで黙ってるんですか。馬鹿なやつだと思っているんでしょ。先輩のところは仲良しですもんね、奥様と」

「いや、返す言葉がないから何も言えないよ。何をいっても当事者にはなれないからなぁ」

「はい、すみません。先輩に会って報告したかっただけなんです。もうダメになったと」

 その時、隣で飲んでいたOLの集まりのような集団の中の一人が立ち上がり、トイレに行こうとして椅子を引いた。その時、女性はヨロッとしてしまい、須直の肩付近で倒れそうになった。もたれかかってきたので、須直はなんとか女性が倒れないように抱きかかえるような形で支えた。

「大丈夫ですか」須直はその女性に声をかけた。すると薄目混じりで言った。

「ごめんなさい。大丈夫ですよ〜。お・じ・さ・ん。ちょっとだけ酔っ払ってまーす」

『お、おじさん。まぁ、確かにおじさんだけどな』と心の中で思ってはみたが顔はニコッとして取り繕っていた。隣では、一本木がかなり酔っ払ったようでテーブルに突っ伏してしまっていた。仕方ないなと思い、勘定を済ませてタクシーに押し込み一本木の自宅まで送ってやってから、そのまま須直は妻の待つ家に戻っていった。すでに午前様だ。きっと家に着いたら雷が落ちるんだろうなと覚悟を決めて帰った。

 やっと家に着いた時は、午前二時に近かった。自宅はマンションの七階なのでエレベータに乗り込み、身なりを整え自宅のドアの鍵穴に家の鍵を突っ込んで回して開けた。暗い。すでに寝ているのだろうか。須直は音を立てないように静かに玄関を閉め、靴を脱ぎリビングに向かった。キッチンの照明をつけてとりあえず水を飲む。上着を脱いでダイニングの椅子に投げかける。ふとワイシャツの肩のところを見ると口紅がついている。心を落ち着かせて、部屋に行こうと思ったらダイニングテーブルの上に置いてある紙が気になった。緑色の紙だった。すでに妻の署名捺印が済んでいる。横にポストイットが貼ってあった。

『もう、毎日遅いあなたに付き合うのは疲れました。それにワイシャツの口紅も見飽きました。別れましょう。私の分は記入済みなのであなたの署名捺印をして提出しておいてください。さようなら』

 一瞬、目の前が真っ暗になったが、どこかで冗談かもしれないと思っていた。急いで寝室に行く。ドアを開けるがベッドに妻はいない。本当に出て行ってしまったようだ。部屋中の照明をつけて確認した。妻の持ち物という持ち物がが忽然と消えていた。スマホに電話をかけてみる。お決まりのような虚しいメッセージが流れてきた。

「ただいまおかけになった電話番号は現在使われておりません」

 その頃、須直の妻、麗子は年下の実業家と共にハワイに飛んでいた。数年前から交際が始まり、彼の拠点をハワイに移すということが決まり、麗子もついていくことを決心したのだった。知らぬは夫ばかりなりだった。家庭のことを顧みることがなかった須直は、妻の異変に気づくこともなく、全ては自分がかまってあげなかったせいだと反省し、全てを諦めた。翌日有給休暇をとって緑色の紙を区役所に提出しに行った。その日の夜、須直は一本木を誘い出し、新橋に飲みに行ったことは言うまでもないだろう。


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