5月14日 母の日 【SS】偲ぶ心
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】-母の日
日頃の母の苦労を労り、母への感謝を表す日。英語表記は「Mother's Day」。日本やアメリカでは5月の第2日曜日に祝うが、その起源は世界中で様々であり日付も異なる。
1907年(明治40年)5月12日、アメリカ人のアンナ・ジャービスが亡き母親を偲び、母が日曜学校の教師をしていた教会で記念会を行い、母が好きだった白いカーネーションを贈った。これが日本やアメリカでの「母の日」の起源とされている。
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【SS】偲ぶ心
私は母の顔を知らない。なぜなら、私が小さい頃、母は私たちを捨てて家を出てしまったから。父は事故で亡くなったと聞いている。その後母はいなくなったらしい。私は、その後おじいちゃんとおばあちゃんに育てられた。何とか大学を卒業して就職はしたものの、両親がいない家庭ということで落ち込んだ日々は数えられない。だから私は顔も知らないお母さんが大嫌いだった。そんな私も縁があって結婚し、子供もできて今では母となった。
毎日が子育てに追われる身であり、過去を振り返ることなどできない生活を送っていたそんなある日、公園に娘と一緒に出かけた時、遠くからじっと見つめる年老いた婦人がいた。一瞬「まさかね」と思ったのだが、娘の方が心配なので視線を外した。もう一度振り返ってみると、すでに誰もいなかった。「なんだ、やっぱり気のせいか」とその時は気にせずに家に帰り、いつもの家族で夕食の時間を迎えたのだった。おばあちゃんたちとは別々に暮らしているので、今は親子三人の生活。夫は毎日仕事を頑張っている。いつも帰りが遅いので体が心配だけれど、日頃は子供のことで頭がいっぱいになり、優しくしてあげてないなと悔やむ日が多くなっている。
そんな忙しい毎日を送っていたある日、おばあちゃんの具合が良くないという連絡が来た。おばあちゃんもすでに八十歳を過ぎている。心配しながら娘を連れて訪ねると、おじいちゃんが寝たきりになったおばあちゃんを看病していた。おばあちゃんは私が来たことを喜んでくれたが、布団から起き上がる力も残っていない。そっと伸ばした手には、一通の手紙が握られていて、渡された。おばあちゃんは、ゆっくりと深い息をして最後の力を振り絞り「あとで読んでね。良子、これまでありがとう」と言って息を引き取った。あまりのタイミングで遭遇してしまい、その後の記憶がない。
バタバタとして葬式に参加し、初七日を過ぎ一段落した後、手紙のことを思い出して封を切った。おじいちゃんは何も言わずに微笑み、早く読みなさいとでもいうような顔をしていた。
『良子へ
あなたのお母さんはあなたを捨てたわけではありません。お母さんはお父さんと一緒に旅行に行って事故に遭ってしまったの。お父さんは残念ながら亡くなってしまい、お母さんは命は助かったけど強い記憶喪失となり、身元を証明するものが全部燃えてしまいそのまま行方不明になってしまいました。不安に耐えられずに病院を抜け出してしまったのよ。それ以来居場所は全くわからずに二十年以上経ってから、記憶が戻ったようで、一度訪ねてきたのよ。その時は良子が結婚して可愛い娘の佳奈が二歳になっていたときだったわ。もう、今更娘たちの前に顔を出すことはできないと言って、帰っていったの。お母さんは悪いわけじゃないから、お母さんを憎まないであげてね。一応、その時に聞いた住所と今の名前を同封しておきます』
私は、これまでずっと恨み続けてきた「母親」というものに対する思いが崩れていくのを感じた。少し前、公園で私たち親子をじっとみていた年老いた女性は母親だったのだろうかと思い起こしては見たものの「そんなことはどうでもいい」という心の声に記憶もかき消されてしまった。
どんな事情が裏にあったとしても、今更顔すら覚えていない人を「お母さん」として受け入れる自信はなかった。いや、おそらく受け入れることはできないだろう。それだけ多くの時間が過ぎてしまっていたのだ。それに私にとっての母はやはり、おばあちゃんしかいなかった。どうやらおじいちゃんも理解はしてくれているようだった。ただ、おじいちゃんとおばあちゃんにとっては、自分の娘だということもあり、複雑な気持ちだったのだろう。そのことを思うと私の心は余計に辛くなるのだが、今の私の心はどうしても頑なに拒むことしかできなかった。
母の日が近づいてきた。私はおばあちゃんにカーネーションを毎年贈っていたので抵抗はない。ただ、今年は色を変えなければならない。そして、生きているとわかった母親のことが気に掛かった。何にもしないというのも気が引けたのだ。とは言っても直接会って渡す勇気もないしそのつもりもない。私はいつも利用している花屋に行き、宅急便で贈る決断をした。私は、濃い赤のカーネーションを顔も覚えていない母親に、白いカーネーションをおばあちゃんに贈ることにしたのだ。花屋さんは「濃い赤で本当にいいのですか」と念を押したが私は静かに頷いた。この後の時間が私の心を癒してくれるのか、私の娘の存在が全てのことを忘れさせてくれるのかはわからないが、とりあえず、今年の母の日の対応だけは決断し、花を贈った。正直、贈り終えて心はホッとしている。
良子は贈るカーネーションのそれぞれの花言葉を意識した。濃い赤のカーネーションは「心の悲しみ」白いカーネーションは「亡き母を偲ぶ」という意味が含まれている。今の良子にはこれが実の母への精一杯の意思表示だったのかもしれない。良子の母親はどんな思いでカーネーションを受け取るのだろう。突然に届く娘からのカーネーションに涙するのだろうか。それとも花言葉を知って余計に悲しむのだろうか。来年の母の日に良子の心がもう少し溶けて、せめて濃い赤から普通の赤い色のカーネーションを贈ることができるようになっていることを願いたい。良子は母の日になり赤いカーネーションを一輪、自分の娘から屈託のない笑顔とともに貰っていた。
了
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