5月18日 ことばの日 【SS】想いを伝える
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】-ことばの日
日付は「こ(5)と(10)ば(8)」と読む語呂合わせから。言葉について考え、言葉を正しく使えるように心がける日。
この記念日はもともと制定した団体や目的は定かではなかったが、その後、「横浜みなとみらいBUKATSUDO連続講座 言葉の企画2019」の企画生らが同名の「ことばの日」を制定。記念日は2019年(令和元年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
日付は言葉の「葉」が5月の新緑の瑞々しさを表しているとの思いと、「こ(5)と(10)ば(8)」と読む語呂合わせから。「ことば」を大切に使い、「ことば」によって人と人とが通じ合えることに感謝し、「ことば」で暮らしをより豊かにすることが目的。
漢字の「言葉の日」ではなく、ひらがなの「ことばの日」としたことには手話や点字など広い意味での「ことば」を知ってもらいたいとの思いが込められている。
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【SS】想いを伝える
結婚してもう直ぐ三十年を迎えようとしている夫婦がいた。夫は医用機器のセールスマンで五十四歳の俊樹、妻は専業主婦で五十一歳のみどり。子供もいるが独立して家庭を築いているので滅多に帰ってくることもない。普段は二人だけの生活だ。この夫婦は猛烈な恋愛の末に結ばれた二人だった。二十八年前、周りの方が恥ずかしくなるくらいのラブラブ夫婦だったようだ。当時の二人は、目が合うだけで微笑んだり、多くの言葉をかけなくても「愛している」の一言で十分だと思っていた。
夫婦となって同じ空間で生活を共にするようになると、否が応でも相手の嫌なところも見えてくるようになる。そうなると光り輝いていた部分ですら曇って見えるようになるものだ。しかも朝早く夫は会社に出て夜遅くに疲れて帰ってくる毎日の中で生活していると、妻の方は一人暮らしをしている錯覚にも囚われる。現実に引き戻されるのは、食事の準備と夫の分までの洗濯だった。
妻のみどりも最初はパートでもいいから働きに出ようかと考えていたのだが、毎日の家事に追われ疲れる体では外で仕事をして家事をこなすことは自分には不可能に近いと思い直し、専業主婦を貫くことを決断していた。
日毎に少なくなる夫婦の会話。夜の食事も俊樹が遅い時は先に食べてしまうので、一人の食事は会話することもなく、見てもいないテレビの音だけがBGMとなっていた。そんな時脳裏に浮かぶのは、新婚当初の楽しかった時期だ。あの楽しかった時間はどこにいってしまったのだろうと自分の心に問いかけても回答を得られない。夫が帰ってきた時、話しかけたいと思うが疲れ果てている夫の顔を見てしまうと自然と言葉もかけなくなってしまっていた。
同じことは夫の俊樹にも当てはまる。新婚当時は二人でよく外食もしていたが、今では営業成績の悪い俊樹は、土日に溜まった報告書作成や復活した接待に追われる日々で、とてもじゃないが夫婦で出かける時間は作れていない。ここ数年は有給休暇すら取得したことがなかったくらいだ。俊樹は時々「これじゃあ、何のために仕事してるのか分からなくなってきたなぁ」と思っていた。
時間という魔物は容赦なく夫婦の上に襲いかかって二人の間の溝をどんどん大きくしていたようだ。俊樹は一大決心をして有給休暇申請を会社に出した。上司からは「そんな成績でよく有給なんて申請できるな。お前、営業成績最下位だよ。最下位」とパワハラ寸前のセリフを浴びせられた。その時、心の中ではそろそろ潮時かなとも思ったが、五十歳過ぎての転職は厳しいだろうなとも思っていた。
帰宅して、俊樹はみどりに有給休暇を取るから、どこか旅行にでもいこうという話を切り出した。久しぶりに挨拶以外の夫婦の会話だ。
「なぁ、みどり。僕がうだつが上がらないのが悪いんだけど、毎日遅くまで仕事だし、土日も駆り出されることが多かったから、有給休暇の申請を強引に出してきたんだ。上司からはパワハラまがいの言葉を浴びせられたけど強引に出してきたんだよ。まぁ、営業成績最下位だし、給料も上がらないし、何とかしがみついているだけの会社だけどな」
「あなた。何でそんな会社にしがみつくの。もう、子供達も独立したし、誰に気兼ねすることもないのよ。そうね、久しぶりに温泉にでも行きましょうか。二人でゆっくりと。また、昔のように笑って話をしたいわ」
「え、みどり。そんな風に思ってくれるのかい」
「そんな風にも何も、もう子供達も独り立ちしたし、私たちも昔に戻ってもいいんじゃないかしら、あの楽しかった頃に。まぁ、見た目はだいぶ変わったけど」
「ああ、昔は良かったなぁ。真っ直ぐに走っていたような気がする。でもそれだって、みどりがいてくれたからだろうな。何をやっても長続きしない僕がここまでやってこれたんだから」
「だから、これからは私たち二人の時間を大切にしましょうよ。もう、そんな会社辞めちゃっていいわよ。私はそんなあなたが好きよ」
「えー、でも辞めちゃったら生活費がなくなっちゃうじゃないか」
「大丈夫よ、何とかなるわよ。私たちが生きていく分なんて。少しくらいは貯金もあるし。そんなことより、あなたの気力がなくなる方が心配よ。もっと長い間健康で一緒にいたいんだから」
「みどり、ありがとう。やっぱり言葉に出して話をするって大切だね。もう何年もまともに話をしたことがなかったような気がするよ」
「そうね。私もなんだかそんな生活が当たり前だと思って、昔のことを忘れてたわ。でもこれからは二人の時間を大切にするためにも、一緒にいる時間をふやしましょうよ」
「わかった。よし、勇気が出てきた。旅行から帰ってきたら、辞表を叩きつけてやろう。そしてハローワークで僕に向いている仕事探しをしよう。ちょっとの間は失業保険も出るだろうしね」
「そうよ、もうあくせく働く必要はないから、いい人がいる働き場所を見つければいいわ。ゆっくりと時間をかけて」
「よし、じゃあ、まずはどこの温泉がいいか一緒にパンフレットを見よう」
子供が独立した後、少ない会話で生活を維持していたこの二人だったのだが、そもそもなぜ一緒にいたかったのか、それを二人は思い出したのだった。それというのも、二人が言葉を交わしお互いを理解しようとしたからに他ならない。言葉はとても大切である。言わずとも理解しろという考えよりもお互いに思っていることを言い合って理解する方が誤解は生じにくい。相手のために良かれと思って黙っていることが時として逆の作用を起こしてしまうこともあるだろう。しかし、勇気を持って言葉にすることは違った未来に繋げてくれるかもしれないのだ。
人は言葉というコミュニケーション手段を手に入れた。それは、平和な時間を紡いでいくために必要な知識であるべきなのだ。
了
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