【SS】 出生の秘密 #シロクマ文芸部
誕生日になると必ず家族で集まり、小さなケーキを囲んで祝ってくれた。一年で一番幸せを感じる時だった。僕の誕生日は、一月一日。そう、元旦だ。記憶にあるのは四歳くらいの頃からだけど、両親の嬉しそうな顔が今も忘れられない。人里離れた場所で親子三人で暮らしていたので、お正月になっても誰も訪ねてくるわけでもない。両親には実家もなかったのでおじいちゃんやおばあちゃんに会うこともない。でも、両親がそばにいてくれることが、幼い僕にとっての幸せだった。
父はいつも天気がいい時にはキャッチボールをして遊んでくれたし、母は、近くの川で泳ぎを教えてくれた。ただ、二人とも街まで働きに行っていたので、毎日というわけにはいかず、週末の楽しみだった。小学生になってからは、学校で友達もできてよく遊んだけど、家が遠いので週末の遊び相手はやっぱり両親だった。思い出すのは、そんな楽しい日々ばかりだ。
小学三年生の誕生日。僕にとっては最悪の誕生日となった。全く見た事もない人たちや警察官が大勢押しかけてきて、僕の大切な両親を連れ去ってしまったのだ。警官の後ろには、涙ぐんでいる男性と女性が抱き合ってこっちを見ていた。何が起きたのか、僕には理解できなかった。抱き合って喜んでいた男性と女性が、僕の方に駆け寄ってきて、僕はいきなり抱きしめられた。僕を取り巻く世界が変わった日となった。
「陽太、やっと見つけたわ。苦労をさせたね、ごめんね」
「陽太、こんなに遅くなってすまない。もっと早く見つけたかったけど今になってしまった。父さんを許してくれ」
「あの、あの、僕、剛志です。ヨウタじゃありません」
「そうか、今までツヨシと呼ばれていたのか。お前の本当の名前は陽太なんだよ。十二月十日生まれの陽太だよ」
「えっ、いいえ、違います。僕の誕生日は一月一日です」
こうして、小学三年生の元旦に事件は起きた。この後、両親と名乗る二人から、いろんなことを聞かされることになった。僕は混乱し始めていた。
「陽太、お前も今年の春からは小学校四年生だ。転校することになるけど、一生懸命勉強するんだぞ。お前と一緒に生活していたあの夫婦はな。生まれたばかりのお前を攫って行った悪い人たちなんだ。今は、警察に捕まってしまったから安心していいんだよ。陽太の本当のお父さんとお母さんは、我々なんだ。だから、これからは、お父さん、お母さんと呼んでくれ」
「お父さんとお母さんは悪い人じゃないよ。優しい人だよ」
「陽太、お父さん、お母さんじゃなくておじさんとおばさんだろ」
「違うよ。僕は陽太じゃないし、お父さんとお母さんに会いたい。会いたいよー」
僕は、現実を受け入れられずに、そんなふうに泣きじゃくった。そして、悲しみに明け暮れる月日だけが過ぎていった。カウンセリングというところにもよく連れて行かれたけど、固く閉ざした僕の心が開くことはなかった。両親と名乗る二人は打ち解けない僕に手を焼き始めていた。
「なぁ、お前。陽太はダメなんだろうか。我々のことを認めてくれる日は来ないのだろうか。もう、疲れてきたなぁ。だんだん、本当の親じゃないんじゃないかって思うようになってきたよ。もう、来年から中学生になるけど、全く話をする気配もないし、学校もほとんど行っていない。心配でたまらないけど一方で怖くなってきたよ」
「私も、同じ。なんだか最近の陽太を見てると怖くて仕方ない。体だけは大きくなってきたから、力でも負けそうだし。何を考えているのかわからない。もしかしたら、陽太の中では、私たちの方が悪い人のようになっていそうで怖いの」
「どこかに預けたほうがいいのかな。今のままだと何も良くならなさそうだし」
「そうね。面倒を見てくれる施設を探してみましょうか」
こんな会話をしているのを僕はしっかり聞いていた。そしてこの二人に対する憎しみが日に日に大きくなって行った。この二人が僕を探し続けなければ、僕はお父さんとお母さんと一緒に楽しい日々を送っていたはずなのに。僕の人生は小学三年生で終わってしまったんだと思うようになっていた。なんとかして元の生活に戻りたい。それだけが僕の唯一の願いだった。
その頃、幼児誘拐監禁で有罪判決を受けた、育ててくれた両親は、刑務所の中から訴え続けていた。
「あの子は、剛志は本当に私たちの子供です。きっと何かの間違いです。もう一度、ちゃんと捜査をお願いします」
どんなに問いただされても、夫婦揃って同じことをいい続けていた。裁判は、自供がないまま状況証拠だけで進められ有罪が確定していた。一人の刑事が疑問を持った。
「この夫婦は、一月一日に自宅出産をしたと言い張っている。しかし、問題となった産婦人科の病院の監視カメラには、この二人によく似た夫婦らしき人物が生まれたばかりの赤ちゃんを連れ去っているのが録画されている。もし、録画されている人物が逮捕された二人じゃなかったら大変なことになるぞ」
そう思い、解像度の悪い監視カメラの映像を何度も確認した。何度見直しても確信が持てない。それならば、視点を変えてみようと思い、自宅出産したということが証明できないかと考えた。しかし、誰の手助けも借りずに夫婦のみで出産したらしく立ち会ったものもいない。出産の時の汚れた布などはすでに焼却してしまっていたらしく、証拠は残っていない。だが、刑事は一つだけ確認してみたいと思った。それは臍の緒だった。刑事は急いで、刑務所の女性の面会に行った。
「一つだけ確認したいことがあります。あなたが出産したというのなら、臍の緒を残していませんでしたか? 臍の緒があれば鑑定することができると思うのです」
「あっ、すっかり忘れてました。臍の緒は確かに切りました。臍の緒は私が切って布に巻き、家の裏にあるお地蔵さんの足元に箱に入れて埋めました。そうです。それでもう一度鑑定をお願いします」
こうして、小さな空き缶に入っている臍の緒を掘り出しDNA鑑定に回した。結果は刑務所の中にいる夫の子供だと確定した。あとは、実際の子供である剛志こと陽太のDNA鑑定を実施すれば事実がわかる。刑事は陽太の両親にそのことを告げた。陽太の振る舞いに手を焼いていた両親は快く検査を受けさせてくれた。そして、その結果、陽太のDNAと刑務所内の男性のDNAが親子であるということを証明してくれたのである。この事実が発表され、囚われていた夫婦は誤認逮捕ということで無罪が言い渡され、拘置されていた期間に対する保証が実施された。世の中のニュースで大きく報じられ、大人に振り回された子供、剛志に同情の声が多数寄せられる結果となった。何も知らない剛志は突然、元の両親と一緒に暮らせるということを知らされた。
僕はまた、元の両親と一緒に生活できるようになって嬉しかった。でも、生まれ育った家は朽ち果てていて違う場所で新生活を始めることになるらしい。それでも、構わないと思った。親子で生活できる場所ならどこでもいいと思ったから。あのまま、新しい家庭で生活を続けていたら、きっと新しい両親を傷つけることになっていただろうと思うとなんとなく自分自身が怖かった。
元の生活に戻り、夫婦は元通り剛志を愛し育ててくれた。全てがうまくいったはずだった。剛志すら知り得ない秘密があったのだった。それは、二組の夫婦のみが知る事実であり公表されることはないだろう。
実は、剛志は今一緒に暮らしている父と一旦引き取られた家の女性との間にできた子供で、病院で出産されたあと、臍の緒とともに攫われた子だったのだ。そしてそのことは二組の夫婦は知っていたのだった。引き取って行った夫婦の夫は妻の子なら一緒に育てたいと思い、剛志が一緒に暮らしている母は、夫の子なら大切にしたいと思っていたのだった。なのでDNA鑑定の時は「夫のDNAと照合してください」と頼んでいたのだった。この秘密は、このあと表に出ることはなく剛志も知ることもなく無事に成長して行ったようだ。恒例の親子での誕生日パーティは剛志が成人するまで続いたらしい。
了
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