見出し画像

4月3日 日本橋開通記念日 【SS】燃える橋

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】- 日本橋開通記念日

1911年(明治44年)のこの日、日本橋が木橋から現在の石橋に架け替えられ、その開通式が行われた。

開通式は午後1時から行われ、天候は小雨にも関わらず、大勢の見物客が押し寄せた。その数は100万人とも言われ、あまり群集が殺到したため、ケガ人が出るほどの騒動だった。

日本橋について

日本橋は、江戸時代に東海道・中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道の五街道の起点となった橋である。初代の木造の日本橋は1603年(慶長8年)に架けられた。

日本橋は地名にもなっているが、江戸の中心にあり、街道の起点であることから、その名前が付けられたといわれている。また、江戸の中で最も賑わう場所として、浮世絵による風景画に多く描かれた。

江戸は火事が多く、木造の日本橋は幾度も焼け落ち、現在の石造の日本橋は20代目に当たるとされる。その日本橋は石造りのアーチを2つ並べた形で、道路橋梁としての技術的な完成度の高さと、欄干部に施された和漢洋折衷の装飾が評価されて、1999年(平成11年)に国の重要文化財に指定された。


🌿過去投稿分の一覧はこちら👉 【今日は何の日SS】一覧目次

【SS】燃える橋

「おい、為吉。仕事も終わったことだし、日本橋あたりで一杯ひっかけていかねぇかい」

「いいねぇ。今日はもう上がりだから、クイッといっぱい行こうか〜。しかし、清次もほんとに酒が好きだなぁ」

「おぅ、おいら江戸っ子だからなぁ。祭りに酒はつきものってことよ。今日は祭りじゃねぇけどな。よし、今日は、橋のたもとのお花の店で飲んでいくかなぁ」

 為吉と清次は、共に大工で長屋の修繕やお屋敷の建て増しなどの仕事を請け負って日々の糧を得ていた。二人ともまだ三十になったばかりで独り身だった。仕事が終わり、給金が入った日は必ずといっていいほど仕事帰りには酒を呑みに行き、その日までの憂さ晴らしをしている。

「おーい、お花、今日も来てやったぞー。熱燗と何かつまみを出してくれ」

「はーい。いつものでいいかしら。お豆腐に鰯の塩焼き」

「おう、それでいい。それでいい」

 為吉と清次は空きっ腹に酒を流し込み、いい気分になってきていた。何やら表通りが俄かに騒がしくなってきた。そろそろ日が暮れる時で、夕焼けで空が赤く染まっているようだ。

「おう、為吉。店の外、見てみな。東の空が夕焼けで真っ赤だぜ。まるで燃えてるみたいに、きれいだなぁ。なんだかこんな空は、初めて見たぞ」

「清次よぉ。お前は相変わらず学がないなぁ。お天道様は東から昇って西に沈むんだよ。だから、東が赤くなるわけ、、、あー、おい、ありゃあ、夕焼けなんかじゃねぇよ。火事だ、火事。てぇへんだ、てぇへんだ。えれぇ近いぞ。こりゃあ、酒を飲んでる場合じゃねぇ。見物だー。いくぞ、清次。お花ちゃん、今日の分、悪いけど、勘定はつけといてくれ。のっぴきならねぇ急用ができちまった」

 二人は、熱燗を一気に呑み干して、店の前の通りに出た。すぐそばに日本橋が架かっている。その日本橋の向こう側で火の手が上がっているらしい。運が悪いことに橋に向かって風が吹いている。すでに町火消しの連中が出張って、水を掛け、屋根に登り燃えている家を壊し始めていた。隣の家に燃え移らないように燃えている家とその隣の家は壊してしまうのだ。木造の家が密集しているので背に腹はかえられぬ消化手法だった。まぁ、そのおかげで火事になると大工の仕事はひっきりなしにくるのだ。

 火の勢いはなかなか収まらない。遂に日本橋の向こう側の欄干にも火が飛び燃え移ってしまった。そうなると大きな橋であっても、木造である短所を突かれて燃え上がるのみだった。人々は面白半分で火事見物に興していたが、当事者たちは気が気ではない。壊された家は建て直すためにかなりの金子が必要となるし、橋の修復はお上から出してもらうことになるだろう。奉行所はどう説明したものかと頭を捻らなければならない。そして、今回の火の元となったところは、お裁きを逃れることはできない。もし火付盗賊の仕業であったとしたら、責任は逃れられるのだが、だからといって、お上から屋敷を普請するための金子が出ることはない。踏んだり蹴ったりである。まだ火災保険もない時代であった。

 さて火事を見物に出てきた為吉と清次であるが、火の勢いを見ながら値踏みを開始していた。さすがは大工である。

「この風じゃあ、お屋敷は三軒くらいは焼けてしまいそうだな。それに日本橋も半分は燃えてしまうだろうよ。清次。どっちの仕事を取りに行こうか」

「そうさなぁ。橋の工事は誰にでもできるもんじゃないから、銭にはなりそうだな。おいらは、橋だな」

「そうか、よし。じゃあ、橋の修復を請け負うところに行って話をつけてしまうか。こんな時は大工でよかったとおもうなぁ。燃えちまった家の主人には悪いけどな」

「全くだ」

 この後も日本橋は何度も何度も火事に見舞われたのだが、その度に修復されて再建された。そして最終的には木造の橋から石の橋へと引き継がれ、火事とは無縁になったのだが、現在は橋の上を高速道路に譲ってしまい、川はほとんど見えなくなってしまった。かろうじて日本橋としての橋の存在を保ってはいるものの、昔の街道の中心地であった頃の威厳はどこかに行ってしまったような感じを受けるのは気のせいだろうか。

 今でも、東京の中心が日本橋であるということは、江戸時代から変わらないこととして継承されていることはこれからも変わらないでほしい。


🌿【照葉の小説】今日は何の日SS集  ← 記念日からの創作SS


いつも読んでいただきありがとうございます。
コメントも気軽に入れていただけるとうれしいです。
「てりは」のnoteへ初めての方は、こちらのホテルへもお越しください。
🌿サイトマップ-異次元ホテル照葉


#ショートショート #創作 #小説 #フィクション #今日は何の日ショートショート #今日は何の日 #掌編小説 #超短編小説

いいなと思ったら応援しよう!

松浦 照葉 (てりは) よろしければチップによるご支援をお願いします。皆さんに提供できるものは「経験」と「創造」のみですが、小説やエッセイにしてあなたにお届けしたいと思っています。いただいたチップは創作活動費用として使わせていただきます。

この記事が参加している募集