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たった一枚だけ残ってた

 思い起こせば遥か昔、私は小学生の頃、書道をやっていました。先生は父でした。正確には「いやいややらされていた」というのが私の記憶です。度重なる引っ越しや実家の処分によって、実際に書いたものは全て無くなってしまいました。賞状や盾、トロフィーの類もかなりあったが全て思い出と共に処分してしまったのです。そのこと自体は気持ちの整理のために実施したことで後悔はありません。

 ふと、実家を処分した時にいくつか写真を取ったことを思い出し、デジタル写真のなかを覗いてみることにしました。するとその中に一点だけ、私が小学生の時に書いた書の写真がありました。たまたま整理していて出てきた時に写真に収めたのだと思います。書いたのは多分五年生くらいの時ではないでしょうか。同時に父が書いて掛け軸にした書もありました。両方ともすでに現物はありません。

 私自身は、これを書いた時の記憶すらなく、重ねて言えば、なんと書いたのか読めません。おそらくは、父が漢文の中から選び手本を書いて、それを真似て書いたのだと思います。そんな光景だけがうっすらと浮かびます。大きな長い紙にまたがって、大きな筆を小さな体で駆使しながら書いていたんだと思います。

 私が書いた書の方は、掛け軸のようにはなっていないので紙がシワシワになっていました。それで、文字の周りの色を抜いて貼り付けてあります。あと、名前を横に書いていたのでそれは削除しました。便利な時代になりました。父が書いた方は、掛け軸の良さがあるので、黄ばんだ姿そのままのイメージを貼り付けました。雅号を使っているのでそれもそのままです。

小学生の時に描いた書
父が描いた書

 こうしてみると、父親の字のうまさが歴然と際立ちます。さすがに、小学生の私の書は足元にも及びませんね。父は書道の先生だったのであたりまえです。父は、東京書道教育会というところで勉強して師範の免状を取ったあと、「照山(しょうざん)」という雅号を付けてもらい使っていました。懐かしい記憶です。

 父の雅号に「照」と入っていて、私のnote名にも「照」が入っているのも巡り巡った縁かもしれません。しばし、思い出に浸ることができました。


 note内でのやりとりで書道をやっていた的なことを書いたら、アリエルさんが見たいと言ってくれたので探してみたらなんとこの書だけ画像が残っていたということで記事にしました。懐かしい思い出を発掘するきっかけをくれたことに感謝です。アリエルさんはいつも素敵なきっかけを作ってくれる方ですね😊
アリエルさん、ありがとう🌿


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いつも読んでいただきありがとうございます。
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#書道 #小学生 #思い出 #エッセイ

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