【SS】ワクチンを打った男の話
男はすでに四回もワクチンを接種していた。接種のたびに副反応が起こり、またあの苦痛を味わうのかと思い躊躇していた。これまでの接種では決まって高熱とだるさと悪寒に悩まされ二日間ほど何も出来なくなる状態だったのだ。
職場からは「また接種の後休むのか」と大ブーイングを受け続けていたのである。男は迷った。だが職場からの要請を断ると仕事が継続できない。男は医療関係従事者だった。仕事を失うと途端に生活に困ることになる。きつい仕事ではあるが、人々の助けになる仕事だと思い飛び込んだ職場だった。男は迷った。また、あの苦しみを我慢すべきなのか、別な仕事を探すべきなのか。
「待てよ。別な仕事を探すにしても医療関係だったらみんな同じだな。じゃあ、それ以外の仕事って。。。だめだ、できそうな仕事が見当たらない」
男は意を決した。そして、注射をしてくれる先生に予め相談をしてみた。
「先生、これまでの四回の接種では全て高熱とだるさと悪寒に悩まされました。なんとかそうならないように接種できないものでしょうか。それに肩が痛くて腕が上がらないんですよね」
「なんだ、そんなことか。よしわかった。注射したところがちょっとだけ腫れるけど熱などの副反応は出ないようにしてやろう。安心して来週来なさい。受付には私の方から伝えておくから」
「おお、ほんとうですかー。安心しました。よろしくお願いします」
男が帰った後、医師は受付に行って、指示していた。
「今帰って行った男性が来週来たら、これを僕のところに持ってきて」
「え、これをですか。わ、わかりました」
数日後、男は少し安心した面持ちで病院にやってきた。
「先週、相談に来たものです。本日は、よろしくお願いします」
受付では、「あ、この人だ」ということで、看護師に先日の医師の指示を連携していた。
男は医師から注射をしてもらった。ちくりとして何かが体の中に入っていくズーンというのを感じながら、注射は怖いので天井を見ていた。意識だけ左肩に残して。注射はすぐに終了した。奥で看護師たちが何やらヒソヒソと話をしているが聞き取れない。男は病院を後にした。
「本当に副反応は無いのかな〜。心配だなぁ。今日の夜だな。問題は」
男はその日はお風呂も控えアルコールも控え、夜九時にはベッドに入った。
「明日、気持ちよく目覚めますように」
次日の朝六時、奇跡は起こっていた。男はスッキリした体で何事もなかったかのように朝食を摂ることができていた。しかも、万年五十肩みたいに上がらなかった左腕が嘘のように軽くなっていた。
「こんな副反応なら大歓迎だな。あの先生、すごいなぁ。今度お礼に行かなくちゃならないな。手土産は何にしよう」
次の仕事の休みの時、男は手土産にとらやの羊羹を買って病院に出向いた。
「先生、先日はありがとうございました。おかげさまで、副反応全くありませんでした。さすがですね。これ、つまらないものですが皆さんで召し上がってください。で、この前は嬉しさのあまりもらうのを忘れていたんですが、接種証明、いただけますか」
「ああ、この前の方ですね。わざわざご丁寧に。えっ、接種証明ですか。残念ですがそれは無理ですよ」
「えっ、どうしてですか」
「だって、先週打ったのは、五十肩を良くするためのブロック注射ですから。ヒアルロン酸を打っておきましたよ。良くなったでしょ、肩」
「・・・」
この後、男は五回目のワクチン接種を行った。そして二日間寝込んだ。
了
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