3月8日 エスカレーターの日 【SS】異次元への通路
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】- エスカレーターの日
1914年(大正3年)のこの日、東京・上野の大正博覧会の会場に日本初のエスカレーターが設置され、この日運転試験が行われた。第1会場と第2会場をつなぐもので、秒速1尺(約30センチ)で動いた。
3月29日に、エスカレーターの振動のために74才の女性が振り落とされて顔に2週間のケガ、2歳の少女がステップに足をはさまれてケガをした。これが日本初のエスカレーター事故であった。
エスカレーターについて
エスカレーター(Escalator)とは、自動階段のことで、主に人が建物の各階を移動する目的で設置・利用される階段状の昇降装置である。
「Escalator」という語は元々、アメリカの企業オーチス・エレベーター社(Otis Elevator Company)の登録商標で、商品名だった。しかし、当時この自動式階段を表す適当な語句が他になく、一般に「エスカレーター」と呼ばれたため、普通名称化した経緯がある。同社では既に商標権を放棄している。
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【SS】異次元への通路
「どうされました。随分とお悩みのようですが」
「えっ、あぁ、あなたは、一体どちら様ですか」
「私は、人の心の悩み解決をお手伝いするボランティアです。お金はもらいませんので気軽にご相談していただいていいのですよ」
「はぁ、今時の社会なのでタダより高いものはないと思いますので私は結構です」
「うーひっひっ、そんなことでは前には進めませんよ。少しの冒険は人生に必要です。私への相談は人畜無害ですから遠慮なさらなくていいですよ」
「まぁ、確かにそうですね。なんとなく悪い人でもなさそうですしね」
「はーい。自分で言うのも何ですが、私は決して悪い人間ではありませんよ。どうぞあなたの悩みを打ち明けてください」
こうしてなんとなく不思議な男に押し切られた形で、青年は自分の悩みを男に話し始めた。というか、見ず知らずの男なのに何故か警戒心を感じることがないので話してもいいかもと思ったのである。青年は話始めた。
「実は、大好きだった女性がついに結婚することになってしまったんです。しかも僕の友達と。でも、以前は僕に好意を寄せていてくれていたんです。それに甘えて僕は何も言わず何も行動を起こさなかったんですよね。後悔先に立たずとはこのことなんです。もし、あの時、僕の方から告白していたらきっと現実は変わっていたはずだと思うとやるせなくて悔やんでいたました」
「なーるほど。そういうことでしたか。それでは私が解決のお手伝いをして差し上げましょう。向こうにエスカレーターが見えるでしょう。あのエスカレーターに乗れば、あなたが後悔する前の世界に戻れます。でも、そこでどんな行動を取るのかはあなた次第です。どうしますか、乗ってみますか」
「本当にあの頃に戻れるのなら、乗ります」
こうして友達に大好きな女性を取られてしまった男は、過去に戻る決心をした。そして、彼女に告白することを心に決め、不思議な男に教えられたエスカレーターに足を乗せた。両足ともエスカレーターに乗った瞬間、両脇の景色が変わってしまい、懐かしい風景が見え始めた。ほぼ十年前の高校を卒業する頃の彼女と自分が多摩川のほとりでデートをしているではないか。しばらく様子を見てみることにして、二人の後を気づかれないようについていった。
「なぁ、晴美。おまえさぁ、俺のこと好きだろ」
「えぇ、何よ急に、太一。あんたとはただの幼馴染じゃん。私にはちゃんと好きな人がいるよ。あんたは友達、永遠にね」
「えっ、まじかよ。晴美は絶対俺のこと好きだと思ってたけどな」
「あんたとは、ずっと友達でいたいから、絶対好きにはならない。絶対」
「うーわ、そうかよ。言い切ったなぁ。別に俺も好きじゃないからいいんだけどさ。まぁ、友達としてはずっと付き合っていけそうだな」
太一は自分の記憶と違うなと感じていた。十年近く経つ中で都合よく記憶を作り替えていたんだと自覚した。太一は本当は幼馴染の晴美が好きだったけど、なんでも言える関係を失いたくなかった。だから、友達でいることを自分で選んだのだった。太一はせっかく過去に戻ってきたのだが、このまま引き返すのが一番いいんだといつの間にか自分に言い聞かせていた。そして、若い二人にそっと背を向け、何もせずに乗ってきたエスカレーターのところに戻り、今度は下りの方に乗った。乗った瞬間に来た時と同じよううに景色は変化し、さっきの変な男にあった場所に戻ってきた。そしてエスカレーターを降りた瞬間に、エスカレーターは跡形もなく消えてしまった。あの不思議な男もいなかった。
「なんだか、不思議な体験だったなぁ。結局は、俺の勘違いだったのか。情けないなぁ。でも、これでなんとなく吹っ切れたかな。晴美に結婚祝いでも送ってやることにしよう。よし、俺も頑張って新しい彼女を見つけるぞー」
そばの公園の木陰から太一の様子をボランティアの男はじっと見ていた。どうやら結末を知っていたかのようだった。
「うーひっひっ、人の記憶ほど当てにならないものはありませんね〜。長い年月は自分にとって都合のいいように思い出を変えてしまうんですね〜。でも、あの青年もこれで目が覚めて、前向きな人生を送れるようになるでしょう。いいことをするというのは気持ちのいいものですね〜」
人の心の悩み解決をお手伝いするボランティアの男は、次のターゲットを探しながら不思議なエスカレーターの入ったカバンを右手で抱えて駅の方に向かって歩き出していた。世の中には、過去に戻ってやり直したいと考える人が如何に多いかということを男は知っていたし、過去に戻ってもやり直せないということも解っていた。それでも、悩んでいる人にはその事実を見させることで現実を認識させることができると信じてボランティアを続けている。
男のカバンに入っている不思議なエスカレーターは乗った人の深層心理へと繋げてくれるエレベーターだったのだ。あなたも乗ってみたいですか?
了
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