赤いワンピースの少女〜メイ #2
メイは人間界に送られた。赤いワンピース、白い靴下、白い靴といった格好である。どんな季節であっても変わらない格好である。もちろん、メイ自体は暑さも寒さも感じないので問題はないが、すれ違う人々は稀有な視線をメイに投げかける。右手は神々しい光で見ることができず、左手は漆黒の闇でやはり見ることができない。気がつくと、メイは、日暮れの江戸川沿いの東京都側の遊歩道をゆっくりと歩いていた。この辺りは下町で一戸建てが多くもあるが、小さな工場も多い場所である。すると、どこからともなく男性の罵声が聞こえてきた。どうやら近くの工場で働いている若者のようだった。
「お前たちが来るから、俺たちの仕事が減るんだぞ、この疫病神たちめ。早く自分の国に帰っちまえよ」
「わたし、もう少し技術、必要。覚えて帰って両親、助けたい」
「そんなこと知るか。俺たちだって生きていかなくちゃならないんだよ。なんでお前らばかり優遇されるんだよ。全く腹が立つなぁ。なぁ、みんな、そうだろう」
「あっ、あぁ、そ、そうだな。仕事が無くなると困る。車のローンもあるし」
「おぅ、俺も困る。子供が生まれたばかりだしな。金がかかるんだよ」
「でも、この人たちも大変なんじゃないかな」
「あーっ、なんだよ、真二。こいつの肩を持つのか」
「いや、そんなことじゃないけど。一緒に仕事すればいいじゃないか。光一。」
「うるさい。俺は嫌なんだよ。こいつと仕事するのは」
話している内容からすると、外国から働きにきた研修生に対する嫌がらせをしているようだ。一人は擁護しようとしているが、その場の空気は、光一というリーダー格の男のペースになってしまっている。ちょっと離れたところから様子を見ていたメイは同じ日本人として恥ずかしいという感情が湧いていた。どうして国が違うだけでいじめるのだろうと心が痛くなった。そして、みんなの心を優しくしてあげるにはどうすればいいかなと考えながら集団に近づいて行き、声をかけた。
「あのー、何してるんですか」
「ん、どうしたのお嬢ちゃん。早く帰らないともうすぐ日が暮れるよ」
「私には、その人をいじめているように見えたんですけど」
「はぁ、いつ俺たちがいじめたっていうんだよ。おい、お前、いじめられたか、俺たちに。正直に言ってやれよ。このお嬢ちゃんに」
「い、いえ。わたし、いじめられてない。みんなで遊んでただけ」
「ほらな、遊んでただけだよ」
「そうなんですね。よかった。お兄さんたちが優しい人で」
そう言って、メイはリーダー格の光一の手を取った。メイは無意識のうちに両手で触れていた。途端に不思議なことが起こっていた。光一の心の中では優しさが増幅し、妬みや怒りや狡さがほとんど消え去ってしまったのだ。メイの持っている相反する力が一つになって作用したようだった。右手の力をもって癒やすことにより本来持っていたやさしさが増幅されて大きくなり善の心が膨れ上がった。そして、左手の力はそれだけだと命を絶ってしまうのだが、右手が触れているので、善の心を妨げる心の部分を小さくする作用に変わったようだった。もしかすると、善ではない心の部分を消し去ったのかも知れない。メイが手を離した途端に光一の態度が変わった。
「あれ、俺、なんでこんなことしてるんだ。おい、クオン。なんか、酷いこといったような気がするけど、本心じゃないからな。ごめんな。お前が羨ましかっただけなんだよ。おれにはもう両親もいないし、お前みたいに仕送りとかできないんだよな。だからちょっと当たってしまったんだ、ごめんな」
「光一さん、ありがと。わたし、うれしい。日本人、やっばりやさしい」
「あれ、光一、どうしたんだよ。さっきと全然違うじゃん」
「いいんだよ、違ったって。今が正しいんだよ。つべこべいうな。クオンと仲良くしてやれ。なぁ、真二」
「そうだね。国籍なんて関係ないよ。僕たちは仲間なんだから」
一瞬にして、その場の雰囲気が一蹴されて、楽しく明るいものとなった。メイも気づかずに起こったことだったが、メイはこうすれば悪いことをしている人もある程度助けらるのかもしれないと感じていた。
「ところで、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんの手、よく見えないんだけどどうしたの」
「少し、病気なんです、私。みんなからは手が見えにくいかもしれませんけどちゃんと付いているので大丈夫ですよ」
「へー、そうなんだ。まぁ、そんなことはどうでもいいけど。早く帰りな。暗くなっちまうぞ」
「はい、そうします。では、さようなら」
メイはその場はもうこれで大丈夫だろうと思い、足早に立ち去っていった。そして、歩きながら考えていた。「今回初めて力を使ったわ。でもよく考えてみれば、何かが起きてから力を使ったのではなく、悪いことが起きる前に遭遇したから悪い結果になることを食い止められたんじゃないのかしら。これからもそうしたいな」メイは、最初の仕事をうまくやったという実感を味わっていた。
それから四日後、江戸川で水死体が見つかった。暴行を受けて川に遺棄されたようだった。それはクオンの変わり果てた姿に他ならなかった。工場内は捜査員でごった返ししていて光一たちも事情聴取を受けていた。以前は、激しく罵っていたという情報もあり、殺人の候補として光一は警察からマークされていたようだ。街頭のニュースで事件を知ったメイは、自分が助けたと思っていた光一とクオンだっただけにショックを受けた。「一体何があったのかしら」メイは心の中で繰り返していた。
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