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6月16日 無重力の日 【SS】消えた重力

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】-無重力の日

「地下無重力実験センター」があった北海道上砂川町が1991年(平成3年)3月に制定。

日付は「む(6)じゅう(10)りょく(6)」(無重力)と読む語呂合わせから。地下無重力実験センターは1989年(平成元年)3月1日、日本初の本格的な地下微小重力実験施設として第三セクターで設立された。建設にはこの地にあった三井砂川炭鉱の跡地が利用された。710mの縦穴を地下にむけて真空カプセルを落下させることで、微小重力状態を約10秒間作り出すことができ、各種実験が実施された。

しかし、実験1回当たりの経費が200万円以上と高価であったこと、実験結果を工業・商業的に応用することが難しいなどの状況から利用率は低迷し、実験センターは2003年(平成15年)に閉鎖された。

閉鎖後、宇宙開発の実験場としての貢献から、後に小惑星イトカワのクレーターの一つに上砂川(Kamisunagawa)の名が用いられることとなった。


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【SS】消えた重力

 毎日毎日、買い物をして重い荷物を抱えて帰宅する。子供が三人もいるので仕方ないのだが、時短で勤務している隣駅前にある不動産販売会社からの帰りにスーパーに寄って食材を買うのが辛いと思う毎日を送っているお母さんがいた。二年前に離婚したシングルマザーだ。お母さんの名前は飯田好美、三十六歳。子供は一番上が小学三年生の女の子、もう少し成長すればお母さんのお手伝いができるのかもしれないが、流石に夕食の準備を任せるのはもう少し先になりそうだ。急いで買い物を済ませて、近所の幼稚園に下の子二人をお迎えにも行かなければならない。そんな時間に追われる日々を好美は送っていた。いろんなことを考える余裕もない日々だ。

 飯田好美の家では、毎日大変そうにして疲れた顔をしている好美に、小学生の娘が心配そうに話しかけていた。二年前、父親がいた時にはいつも家にいてくれた母親が今では毎日外で働いているのを小学生でありながら見続けていてくれたのだ。

「ねぇ、お母さん、大丈夫。なんだか、とっても疲れてるみたい」

「そうね、大丈夫よ。まだまだ、あなたたちが大きくなるまでは頑張るからね。心配しなくてもいいのよ」

「お手伝いできることがあったら言ってね。私、頑張ってお母さんを助けるから」

「ありがとう、今でもお手伝いしてくれてて助かってるわ」


 毎日毎日、残業続きで家に帰るのは23時くらいになるという生活を送っているIT会社勤務のお父さんがいた。子供は高校生なので食事は一人で作って食べている。連絡さえすれば父親の分も作っておいてくれる孝行娘だった。お父さんの名前は盛皿哲也、四十二歳。四年前に妻を癌で亡くしていた。子供は二人、高校二年生と中学二年生の女の子だ。家のローンと嵩む教育費のために仕事に打ち込まざるを得ない日々を過ごしていた。哲也は本来料理が得意だったこともあり、調理師の免許を持っていた。いつかは自分の店をと思いながらも、子供が学生の間は不安定な収入では心配だからと今の会社にしがみついていた。

 盛皿哲也の家では、たまの休みの時、お昼近くになって起きてくる哲也を心配して高校生の娘が話しかけていた。娘は自分が母親代わりをしなければならないけどなかなかそうもいかないし、本音は大学へも行きたいという願いを持っていた。

「ねぇ、お父さん。お母さんが亡くなってもう二年過ぎたよ。お父さんも新しい恋を見つけてもいいよ。私たちにちゃんと紹介してくれるなら」

「な、何を突然。そんな暇なんかないよ。お前たちが心配してくれるのは嬉しいけどな」

「お父さん、本当はお店出したいんでしょ。探してみたら、私たちもお店できたら手伝うよ」

「ははは、お前たちが心配してくれなくてもいいよ。お父さんはお前たちをちゃんと大学までだしてやるから」

 こんな親を心配するやりとりが全く接点のないそれぞれの家族の中で行われていた。もちろん、お互いの家族は知る由はない。しかし、運命の悪戯はこの後、起きることになる。どうしたことか哲也は、珍しくお昼で退社することができる日ができてしまった。日が高いうちに家に帰れるのは何ヶ月ぶりだろうかと考えなから駅に向かっていた。ふと、そういえば駅前に大手の不動産屋さんがあったなと思い出し、もしもこの辺りでお店を出そうとしたらどのくらいの資金がいるのだろうかと思い、調査だけするつもりで不動産屋のドアを開けた。カウンターには、飯田好美が座っており、元気な声で迎えてくれた。

「いらっしゃいませ。お住まいをお探しですか」

「いえ、料理屋ができる物件がないかなぁと思って入ったんですけど」

「わかりました。少しお待ちください」

「はい」

「お店兼住居であれば、こちらがおすすめの物件になります。この物件は賃貸でも購入でも対応ができる物件です。先週出てきた物件なんです。オーナーの方が小料理屋を経営されていたのですが、後継者がいないので手放してもいいとおっしゃっています。どうですか?」

「大変興味深いです。ちょっと娘たちと話をしてみますので、押さえていただくことはできますか」

「わかりました。ご連絡をお待ちしております。私は飯田と申しますので、何かあればお電話をください」

 これが、好美と哲也の出会いだった。何か強い力に引き寄せられて出会った二人だった。まるで重力のように。この後二人は物件の交渉で何度か話し合いをして、その中でお互いの家庭の話までする仲になっていた。二人の間は急速に近づいていたのである。

 哲也は今住んでいるマンションを売却して店舗付き住宅を購入する決意をした。その時、不動産販売の好美に対し一緒になろうとプロポーズもしたのだった。

「僕と一緒になって欲しい。そしてこれから始める小料理屋を一緒に切り盛りして欲しい。君の子供たちも僕の子供たちも一緒に暮らしたい」

「哲也さん、ありがとうございます。こんな私でよければお手伝いさせてください」

 こうして二人は一緒になったのである。縁とは不思議なものである。子供たちはというと、歳の差もあることから、意外とすんなり打ち解けあっていい関係を築いてくれた。特に哲也の長女は逆に安心して、好美を気持ちよく受け入れ、好美が連れてきた子供達の面倒も見る様になってくれたのだ。

 こうして、哲也と好美は、生活を維持するための重い責任という重力をお互いが一緒になることで軽減したのだった。何かに縛られる生活ではあるが、それ以上に相手がいるという安心感を感じていた。この後、「無重力」と命名した小料理屋を開店させた哲也は、好美の溢れる愛を受けながら、手伝ってくれる子供達に囲まれ、店も順調に軌道に乗り、常連客も増えているらしい。


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