6月15日 世界高齢者虐待啓発デー 【SS】老人の村
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】-世界高齢者虐待啓発デー
2011年(平成23年)12月の国連総会で制定。国際デーの一つ。英語表記は「World Elder Abuse Awareness Day」。
現在、世界のほとんどの国において高齢者の人口が増加しており、その増加に伴って高齢者の虐待の数も増加すると予想されている。これまでタブー視されてきた高齢者虐待の問題が世界中で認知され始めたが、国により最も調査されていない暴力の一つであり、国の行動計画では最も対処されていない問題の一つでもある。
高齢者虐待には、殴る・蹴るなどの暴力による身体的虐待、暴言や無視、嫌がらせなどの心理的虐待、勝手に年金・預貯金などを使う経済的虐待、性的虐待、介護・世話の放棄・放任など、様々な形態の虐待がある。
高齢者虐待は世界中の多くの高齢者の健康と人権を侵害する世界的な社会問題であり、この国際デーは高齢者の虐待や苦しみに対して反対を表明する日であり、虐待防止のための取り組みを啓発する日である。
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【SS】老人の村
その昔、四方を山に囲まれている、痩せた土地の中に小さな村があった。若者の半数以上は村を出てしまい、年寄りが増加していく一方の貧しい村だった。働き盛りの青年がいる家でも、働けなくなった年寄りを養う余裕はなかった。それでも懸命に畑を耕し、食事も家族みんなで分けながら細々と生活を続けていた。そんな折、自ら志願して山に入った老夫婦がいた。家族は泣く泣く見送った。その後すぐに、子供がいなかった家の老夫婦が次第に体も動かなくなり、村人に助けられて生活していることを申し訳なく思い、自ら深い山奥へと入って行った。姥捨山と呼ばれる場所の誕生である。
この後、数十年にわたり六十歳を迎えた老人は姥捨山に連れて行かれ、そのまま放置されてしまうという習慣が継続された。中には家族でいるときも、家族から疎んじられ食事をもらえなかったりする老人もいたということだ。また、そんな家族とは逆で村人からの圧力によって仕方なく自分の親を姥捨山に涙を流しながら連れていく家族もあったようだ。全ては作物が満足に育たない土地で生活していることから生まれた生き抜くためとはいえども辛いしきたりだった。
姥捨山の入り口は、山を囲む様に高い塀が作られ、逃げ出すことも誰かが許可なく山に入ることもできない様になっていた。時折、狼の遠吠えも聞こえ村人たちは「きっと、山に入った爺さん、婆さんは狼に食われちまってるんだろうなぁ。かわいそうに」と口々に言い合ってはいたが、その分自分たちの食糧を削らなくて良い分、小さい子供たちはなんとか育つことができていた。
◇ ◇ ◇
時を遡り、この村で姥捨山が出来る前のある家族のことを語ろう。
実に孝行な息子夫婦に子供が三人でき、家族はみんな喜んでいた。しかし、思う様に働けなくなったこの息子の両親は、息子と密かに相談を始めた。
「なぁ、芳吉、わしらはもうなんの役にも立てなくなった。お前たち夫婦にとっては単なるお荷物になってしもうた。それでわしらから提案なんじゃが、聞いてくれるか」
「なんだい、父さん、改まって。お荷物だなんて思ってないよ。おいらを育ててくれたんだから」
「うん、そう思ってくれるだけでもありがたい。実はな、この村の将来のことを考えてな。年寄りだけの村を裏の山の中腹に作ろうかと思うんじゃ。あそこには湧き水もあるし、罠を仕掛ければうさぎも獲れる。そばを流れる渓流ではヤマメも釣れるだろう。だから年寄りだけでもなんとか暮らしていけるかもしれん。ただ、狼がいるからそれなりの防護柵も必要かもしれん。だから、お前とわしで山の中に小さな村を作りたいんじゃ。もちろん誰にも知られない様に。そして、その後ここの村人みんなで山の麓に山をぐるりと囲む様な高い塀を作って欲しい。もちろん、入ってこれない様にだ。そして、六十歳を超えた年寄りを口減らしのためとして山に捨てる様にしてくれ。わしらは年寄りを迎えて共に生活し、最後には見送ってやろうとおもう。まぁ、わしが最初かもしれんがな」
「そんな、父さんたちを犠牲にして生き抜くなんてできないよ」
「甘いことを言ってるんじゃないよ。お前の可愛い子供たちが栄養不足で貧弱に育ってしまったらどう責任を取るんだ。だから、辛いだろうがわかってくれ。年寄りの言うことは聞くもんだ」
こうして、老人の発案で姥捨山に村を作る計画が始まった。たった二人で作るので大したものはできないが、狼から守れる囲いを作れればあとはなんとでもなるということで、山を切り開き囲いを作り、粗末な小屋を建てた。そして、芳吉は村のみんなを集め、老人を口減らしのため山に捨てる習慣を作ろうと提案した。最初は非難を浴びたが、それ以外に方法がないと悟った村人は、辛いけれど村のしきたりとして必ず守り抜こうと誓い合った。そして、芳吉の両親が最初に捨てられる老人として山に運ばれ、置き去りにされた。
置き去りにされた芳吉の両親は、事前に作った村に入り、続いて捨てられる老人たちが生きていくための役割などを整理し、生活を始めた。その後すぐに、子供のいない老夫婦が自らやってきて合流することになり、その老夫婦は驚いていたが、趣旨に賛同しここで生きていく決意をした。周りに張り巡らされた囲いのおかげで狼は入ってくることができず、安全に生活できる空間を手に入れたのである。こうして姥捨山の歴史が始まった。
◇ ◇ ◇
延々と守られ続けてきた村のしきたりも、畑以外の収入が得られる様になると、誰が言い出すわけでもなく、老人を山に捨てる習慣は次第に形骸化し、やがて誰も老人を捨てにいくものはいなくなった。その頃、山の中の村ではもともと高齢者の村ということもあり、毎年誰かが天国へと旅立っていた。その度に新しく捨てられる老人が来ていたのだが、それもある時から途絶えた。山奥の人に知られていない村で一緒に住んでいた老人を順番に見送り、そして最後に一人だけが残った。今年で八十歳になる芳吉だった。芳吉は自分が最後の老人になってホッとしていた。父親と始めた計画を自分の代で終わりにできることを嬉しく思っていたのだ。
「これでやっと父さんと母さんのところにいけるな。もう、体も動かなくなってきたし、最後の仕事としてこの村を無くさないといけないな。ここで死んでいったみんなには申し訳ないけど、村は燃やしてしまおう」
芳吉は村全体を焼却することで、山火事が起きた様に見せかけて老人の村をなくしてしまおうと考え、村の中に残っていた油を撒いて火をつけた。その瞬間芳吉は息を引き取った。天から見守られるかの様に、火の勢いは龍の様に立ち昇り、あっという間に村を焼き払ってしまった。不思議なことに、村の囲いの外側の木々には全く火が移ることもなく、村だけが完全に燃え尽きてしまったのだ。
この姥捨山の中にあった村のことを知る村人は誰もいなかったが、立ち上る龍の炎はみんな見ていた。火が収まったあと村人たちは、焼けた後にこの山の中で亡くなっていった老人たちを供養するための祠を建てた。昇龍火の祠と名付けられ神聖な場所として受け継がれている。
了
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