3月18日 精霊の日 【SS】魂は永遠に
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】- 精霊の日
『万葉集』を代表する歌人の柿本人麻呂、女流歌人の和泉式部と小野小町、この3人の忌日がこの日であると古くから伝えられていることから、この偉大な三人の霊魂を偲ぶ日として制定された日である。お彼岸と近い日であるために命の大切さを学ぶ日として語られることも多い。
「精霊」は「せいれい」とも読むが、この場合は「しょうりょう」と読み、死者の霊魂を意味する言葉である。この日前後に亡くなった方の霊を追悼する習わしがあったとされている。
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【SS】魂は永遠に
あなたとの花見の記憶偲ぶ頃 側にいたいと想いが募る
『もう何年経ったのかしら。私の元から貴方がいなくなってから。数えきれないほどの年月が経ちましたね。私も幾つになったか忘れてしまったわ。こうして歌を詠むのも独りぼっちでは寂しいからなのよ』
年老いた一人の女性が窓越しに空を見上げながら呟いている。すでに九十歳を過ぎて日々の暮らしにも支障が出ているようだった。名を妙子というこの女性は、連れ合いに五十年前に先立たれ、その後はずっと一人暮らしだった。残念ながら子供も出来なかったため天涯孤独となって静かに生活をしていたようだ。
若い頃は中学校で国語の教師をしていたようで、生徒たちから慕われていたそうだ。しかし、連れ合いが癌の病に冒された時、残りの二人の時間を大切にするために教職を辞してしまった。その後、連れ合いの最後を看取った後、復職することもなくお墓のそばに引っ越して毎日手を合わせ五十年の年月が過ぎるまでひたすら供養をし続けたのだ。連れ合いの魂が解放されるその時までは、自分は絶対死なないとお寺の住職には言っていたそうだ。
お寺の住職も代替わりして妙子の夫が亡くなった時にお経を唱えてくれた住職は他界し、その息子の住職から今では孫の代に移っている。次第に妙子を直接知るものは居なくなり、住職とも時の経過とともに疎遠になっていった。それでも妙子は毎日の墓参りは欠かさなかった。どうしても部屋から出ることができない悪天候や病にふせった時は、部屋の中からお墓の方を向いて手を合わせていたほどだ。
その甲斐甲斐しくお墓参りをする姿は墓参りに来た多くの人の目には留まっていたようだが、誰一人としてあいさつ以上の言葉をかけるものはいなかったようだ。
妙子は連れ合いがなくなった時に、住職と話をしていた。
「和尚様。私はこの世の中で一番大切な連れ合いを亡くしました。その連れ合いの魂をちゃんと弔ってあげたいのですが、どんなことをしてあげれば良いのでしょうか。教えていただきたいのです」
「それは、立派なお考えですね。仏様もきっとお手伝いしてくださると思います。これから四十九日法要を迎えて法要事はたくさんありますが、その全ての供養が終わり、亡くなれた方が全てのしがらみから解放され祖霊となるには五十年を要します。その時に初めて、ご先祖様と同様の霊へと昇華されることになるのです。ですから、これから五十年の月日を健康に過ごして、亡くなられた方の供養に勤めてください」
「五十年ですか。私はすでに四十歳を超えております。そんなに長生きできるかどうか」
「貴方様のような一途な心が宿っておられる方ならば、ご先祖様がきっと守ってくださるものと思います。そう信じて過ごされてはいかがですか」
「わかりました。私の後半の人生は夫の供養のために使いたいと思います。これから毎日手を合わせることを欠かさず、供養して参りたいと思います。なにとぞこれからもお導きください」
妙子は自分が生きる支えを連れ合いの供養に見出し、人との接触も最小限にし自ら経を学び、お墓の前で唱える日々を送り始めたのだ。そして、連れ合いが亡くなって五十年に達しようとした時にお墓の後ろには自分の名前を刻んでもらい日付を刻むだけにしてもらった。加えてお寺の住職にはすでに妙子には身寄りがないことを伝え、自分の死後五十年は墓を維持してほしいと懇願し、その管理費用などを全額支払っていた。全ての後始末と準備を終えた妙子は弱った足腰で最後の弔い上げと呼ばれる五十回忌法要を無事終了させていた。
最後の法要を済ませて一年が経った。これで満五十年が経過したのだ。妙子は終活も終え質素な生活を送っていた。これで生きていく支えも無くなり、自らも死への準備を心の中では済ませていたようだ。
あれだけ熱心に墓参りに来ていた妙子の姿を見かけなくなったことが住職の耳に入った。詳しい事情を知らない現在の住職は、高齢だということを心配し、行事の予定がない春の日に妙子を訪ねてみることにした。その日は、抜けるような青空に桜の花が満開になっている日だった。妙子の住んでいる場所はお寺から歩いて十分程度、妙子の夫の墓地からは徒歩五分程度の近いところにあった。尋ねる前に電話を掛けてみたが誰も出ない。ふと悪いことが起きている予感を住職は感じた。
住職は妙子の住まいにやってきた。だいぶ傷んだ一軒家だ。チャイムを鳴らしてみるが返事はない。玄関は鍵がかけられているので裏に回ってみた。どこもしっかりと施錠されている。まさかと思い、警察を呼び一緒に対応をお願いした。裏の窓のカーテン越しにちょっとだけ中の様子が見えた。警官は緊急事態を察知し鍵を壊して中に入り確認した。
そこには真っ白で真新しい着物を綺麗に身に纏い、胸の上で数珠を持ち、手を組み、まるで眠っているかのような妙子が仰向けに横たわっていた。その顔は年老いてはいたが安堵して微笑んでいるかのようだった。傍にはおそらく夫のものであろうと思われる浴衣がまるで添い寝しているかのように置かれている。住職は静かに手を合わせ経を上げた。
枕元には、震える筆跡で一首の歌が詠まれていた。
あなたとの花見の記憶偲ぶ頃 側にいたいと想いが募る
了
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