4月8日 世界ロマの日 【SS】権利を掴め
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】- 世界ロマの日
1990年(平成2年)の国際ロマ連盟の総会で制定。1971年(昭和46年)のこの日、世界各地のロマがロンドンに集まり、第1回「ロマ国際会議」が開催された。「ジプシー」「ツィゴイナー」などの人種差別的な呼称のすべてを否定し、「今日から我々はロマである」と宣言した。ヨーロッパの移動型民族であるロマに関する問題について啓発し、ロマの文化を記念する日。
「ロマ(Roma)」は、ヨーロッパで生活している移動型民族を指す「ジプシー(Gypsy)」と呼ばれてきた集団のうち、主に北インド・パキスタンに起源を持つロマニ系に由来し中東ヨーロッパに居住する移動型民族のことである。音楽を得意とし、フラメンコの原型とも言われる独自の音楽、踊りの文化を持つ。ロマには独特の神秘主義的な風習があり、他のヨーロッパ人と相容れない生活習慣を持つため、何百年もの間、差別的な扱いを受け続けてきた。
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【SS】権利を掴め
中世時代、ヨーロッパには伝説の民族がいた。当時は遊牧しながら移動生活する民族は珍しくはなかったが、ウィザード・ジプシーと呼ばれる集団だけは、他の民族と一線を画していた。ウィザード・ジプシーは約五十人程度の集団でかなり少ない人数の集団だ。ウィザード・ジプシーという名前は、彼ら以外の人々によって勝手につけられた名前であり、次第に縮められてウィプシーと呼ばれるようになっている。だが、集団の中では神の使者という意味でエミサリーと呼ばれている。周りの人々が呼んでいる名前とは全く異なっていたが、エミサリーとして生活している人たちは他の部族との接点がないのでどう呼ばれているかということに対して興味も無いし、知る術もなく穏やかな時間の中で過ごしていた。
ウィプシーの集団は一箇所に留まることがなく、常に移動しながら生活をしている。しかも人が住んでいない山林や砂漠、深い森の中のみを回遊する魚のように移動しながら集団活動をしている。人が集まる場所に近づくことは無いのだが、多くの人々が住んでいる場所で疫病などが発生すると、ウィプシーのせいにされることが多かった。
ある日娘が高熱を出してどうすることもできない父親のヤンが街の通りで助けを求めていた。
「だれか私の娘を助けてくれ。高い熱でうなされ始めもう三日目になるんだ」
「かわいそうに。きっとウィプシーが近くを通ったんだわ。運が悪いわね」
「医者からも見放されてしまってるんだ。だれか助けてくれる人はいませんか」
「そこの方。私が教えてあげよう。ウィプシーのせいで病気になったのなら、ウィプシーが持っているといわれるどんな病にでも効く薬を奪ってくることができれば、娘は助かるかもしれないぞ」
「えっ、ウィプシーが持っている薬ですか。しかし、ウィプシーはどこにいるか分かりません。どこに行けば会えるのでしょうか」
話しかけてきた男性は、実は教会の回し者だった。教会は何とかしてウィプシーを全滅させたいと願っていたのだった。そのためにはどこかに留まらせないと攻撃すらできない。そのために、娘の父親を利用しようと考えたのだ。ヤンがウィプシーに出会い、交渉で食い下がっている間はウィプシーも身動きが取れなくなるだろう。その間に軍隊を動員して殲滅してしまえると考えたのだ。
この時ヤンの娘は天然痘に感染していた。助かる見込みはほぼない。そうとは知らないヤンはウィプシーの薬を何とかして手に入れるため、ウィプシー探しの旅に出た。そして二日ほど経った時、ヤンは不覚にも森の中に迷い込み脱出できなくなってしまっていた。すると何やら不思議な言葉を操る娘が近づいてきて、ヤンに話しかけた。
「ワイチンノクゥ カタイサミサクオドゥ」
「言葉がわからないけど、私は迷い込んだんだ。ウィプシーを探している」
そう返事すると、ウィプシーという単語に反応したようで、娘は急に踵を返して走り去っていった。その後数分経った頃、今度はかなり年寄りのお婆さんが姿を現した。そして言った。
「おまえさんはどこから来たんだ。この森に一旦入るとなかなか出ることはできないぞ」
「私の娘が病気で苦しんでいるのです。ウィプシーが持っている薬をどうしても手に入れたいのです。娘を助けるために」
「ウィプシーというのは、おまえたちが勝手につけた名前じゃ。私たちの部族名はエミサリーというんじゃ。私たちは魔女でも魔法使いでもない。人々の持つ欲にまみれないように常に接触しないで生活をしているだけじゃ。して、おまえの娘はどんな症状なんじゃ」
「高熱が続いて水イボみたいなものが身体中に出てしまった。もう一週間くらい前になる。みんなからは、ウィプシーが近くを通ったから病気になったと言われ、ある人物からはウィプシーが持っている薬を手に入れれば治ると言われたんだ。だからあなたたちを探すために旅に出たらこの森で迷ってしまった」
「そうか、大方、おまえに教えたのは教会の人間じゃろう。ということは直に軍隊が押し寄せて来そうじゃな。おまえさんの娘はおそらく疫病に罹ったのであろう。時が経ち過ぎているから治すことは難しいかもしれんな。万能薬では無いがこの薬を持って帰れ。森の出口まではあの娘に案内させるから」
「あ、ありがとうございます。出会ったら命を狙われるかと思っていました」
「私たちは、静かに暮らせる権利さえあれば何も要求はしないよ。あんたたちが勝手に解釈しているだけなのさ」
この後、娘に送られたヤンは森の出口にたどり着いた。そして、森の外に待機している軍隊を見て気付かぬふりをして隣の森の方に駆け足で進んで行った。木の影からその様子を見守っていた娘は、軍隊が去っていくのを確認し森の奥へと消えていった。
ヤンはできるだけ早く、もらった薬を娘に届けたかったが、まっすぐ戻ってしまうと確実に怪しまれると思い、隣の森の方に走り軍隊を誘導したのだ。そして軍隊から見えなくなる場所を探した。その時ちょうど小川のそばの土手を見つけ、そこから自分で転がり落ちた。左足を挫いた上に傷を負ってしまった。それを見ていた軍隊の斥候は司令官に報告した。
「どうやら、ヤンは足に傷を負ったようです。これ以上の旅はおそらく不可能でしょう。諦めて街に戻るものと思います」
「そうか、父親の愛情も大したことはなかったな。仕方ない、今回の追跡は諦めよう。ヤンのことは放っておいて帰るぞ」
何とか軍隊に諦めさせることができたヤンは足を引き摺りながら街に帰った。すでに街外れの小屋に母親と娘は移されていたが、かろうじてまだ息をしていた。ヤンは何よりも先に貰ってきた薬を娘に与えた。そして、残りの人生を我々がウィプシーと呼んでいたエミサリー部族の権利獲得に向けて活動をしようと心に決めた。強大な権力に挑むことになるが、それが子供達の時代のために実施しなければならないことだと認識したのだ。片足を引きずりながらの長い苦しい戦いはこの後から始まることになる。
了
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