11月13日 うるしの日 【SS】贈り物
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】- うるしの日
日本漆工芸協会が1985年(昭和60年)に制定。
日付は、平安時代、文徳天皇の第一皇子・惟喬これたか親王が京都・嵐山の法輪寺に参籠し、その満願の日のこの日に「漆(うるし)」の製法を菩薩より伝授されたという伝説から。この日は、以前から漆関係者の祭日で、親方が職人に酒や菓子などを配り労をねぎらう日であった。日本の伝統工芸である「漆」の美しさを知ってもらうことが目的。
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【SS】贈り物
時は奈良時代、一人の職人が高貴な女性に恋をした。身分も違いすぎる上に容姿も釣り合わない。それでも職人は、その女性への恋慕を捨て去ることができなかった。
「なんとかして、この気持ちをあのお方に伝えたいものだ。でも、もしそんなことをしたら即刻この首を切られてしまうかもしれない。この気持ちを形にすることはできないものなのだろうか」
職人は悩んだ。何かあるはずだと信じながら、ヒントを得るためにいろんなところに行き、探し歩いた。信じる一念が導いたのだろうか。ある陶器を売っている店の前で足が止まった。職人の目に止まったのは陶器の器ではなく、その横に並んでいたなんでもない普通の木製の椀だった。
「木製の椀なら軽くて女性でも扱いやすいし、落として割れることもないだろう。それに、そばに置く違和感もないし、日常的に利用できる物として毎日愛でて貰えるかもしれない。飾り職人として培ってきたこの腕をもってすれば、木製の椀を作ることは可能だろう」
一瞬のひらめきで、木製の椀を作ると決めた職人は、山に入り木を切り乾かし乾燥させた木材を何本も作った。乾いた木を使うのは、歪みが出ないようにするためだ。作っては壊し、壊しては作るという作業を職人は一年間続けた。どうしても美しいと思う形にできないのだ。もっと薄く、もっと軽く、もっと美しくと思いながら、乾燥した丸い木から削り出していた。やがて、究極に薄く軽い、女性の手にピッタリと吸い付くような椀を作ることができ、職人の顔が少し綻んだ。
「よし、形はこれ以上ないというほど最高のものが出来上がった。世の中に、これほど薄くて軽く、そして丈夫な椀はないだろう。あとは、この椀をあの方の目を釘付けにするほどの美しさと愛を与えなければならない。どうしたものか」
こうして色を付けていない無垢の木の椀が出来上がった。職人は、厳重に保管したあと、再度、旅に出ることにした。美しい色の材料を探すためだ。男は山を降りる途中のお寺に立ち寄った。材料が見つかることを祈願することが目的だったが、そのお寺では修行僧がいるらしく、即身仏になる直前の僧侶の周りで忙しく働く僧侶達が目についた。
「もし、お坊様。祈願に立ち寄らせていただきましたが、随分お忙しそうにしておられるご様子。何か大事が起こっているのですか?」
「ええ、即身仏になられる大先輩の僧侶様がこれから洞窟の中に入定されるのです。もう、生きている僧侶様には会えなくなると共に、最後のお食事として漆の汁を持っていくのです」
「えっ、最後には漆を飲まれるのですか?」
「はい、左様です。体の中が腐らないように漆を飲まれてから即身仏となられます。漆のもつ強い防腐作用を体の中に取り込まれるのです。それでは、急ぎますのでこれで失礼いたします」
「ご教示、ありがとうございました」
職人は、仏様のお導きだと思った。色つけの材料を探し始める旅に出ようとした矢先にその最適解に出会ったのだ。
「そうか。漆を塗って長く使える椀にするとともに、鏡のような輝きを持った美しい椀にすることができるかもしれない。この山の漆を集めて早速取り掛かろう」
職人は山の中の漆の木を探した。それは雑作なく直ぐに見つけることができた。お寺の裏側に回れば多くの漆の木が生えていたのだ。寺の僧侶に一言断りを入れて漆を採る許可も貰った。幸いなことに水を入れた竹筒を何本か持っていたので、漆の汁をその中に採集して持ち帰った。
空気が凛と澄んだ冬、ホコリも舞っていない早朝の時間帯を見計らって、職人は自分が作った椀に漆を丁寧に塗り込んだ。使った筆は毛の細い柔らかな文字を書くための筆だった。下塗りをして乾かし、慎重に上塗りを行い輝きを出した。職人も満足のいく美しさだった。最後は美しさを引き立てる模様だ。職人は考えた。
「この椀は、春に女性のもとに届けることを目標としたい。描く模様は桜が最適だろう。桃色ではなく金箔を使った金色の桜にすることで、漆の黒と対比して美しさも増すに違いない」
職人は、細い筆に持ち変えて、可愛い小さな桜の花びらがまるで舞っているような模様を椀に描いた。椀は四つ作ってある。それらを並べるとまるで桜の花びらが風に乗って舞い落ちたり、舞い上がったりしているように見えるように模様を施した。繊細で細やかな模様が、やっと完成したのだ。見るものを唸らせる力を持った椀が出来上がった。しかし、その代償として職人の体は漆にかぶれて見るも無惨な状態に変わってしまった。職人は職人としての命そのものをこの四つの椀に込めて作り上げたのだった。全てをやり尽くした満足感が漆にかぶれた職人の顔には確かにあった。作り上げた椀を丁寧に桐箱に納め、蓋をして職人の友人である商人の手に委ねた。そして、桜の花の季節、職人の心を奪った高貴な方のお屋敷へとその椀は届けられた。
『雲上の美桜』と箱の蓋には記されていた。手に取り、蓋を開けた女性は、歓喜の声とその美しい椀を持ってきた商人に対し褒め称える言葉を伝えた。
「なんと美しいお椀だこと。今までに見たこともない椀じゃ。一体どこの名人の手によるものなのですか。ぜひ、お会いしてお礼をいたしたいものです」
「ありがとうございます。これは、あなた様のような美しいお方に使っていただきたいという一心で創り上げられた天下にまたとない腕にございます。これを創り上げた職人はすでにその職を辞し、世を捨てて旅に出ております。会うことは叶わないことと存じます」
「そうですか、それは残念です。もし、お会いになることがあれば、一生大切にしますとお伝えください」
商人は、その言葉を職人に伝えた。職人は止まることのない涙を隠すことなく流し続けた。雲の上のような存在の女性を美しい桜に見立てて「雲上の美桜」と名付けられた椀は、女性の一生に添い遂げるように常にそばに置かれた。そして、その最後は女性が亡くなった時、漆塗りの棺桶の中に入れられた。残念ながら、後世の人の目にふれる機会はなく、その存在も女性と共に消えてしまった。
了
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