6月3日 ポンコツの日 【SS】初期型AIロボット
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】-ポンコツの日
東京都世田谷北沢に本社を置き、ライブ制作、イベント企画・運営、レーベル運営などを行う株式会社エイティーフィールドの青木勉氏が制定。
日付は青木氏の誕生日である1966年(昭和41年)6月3日から。数々の音楽イベントのプロデュースを手がける青木氏は、仕事も出来るがあまりにも多い誤字脱字などでポンコツプロデューサーとして「P青木」とも称されている。その愛されるポンコツぶりを記念すべく自らの誕生日に開催する音楽イベント「P青木ひとり生誕祭」を多くの人に楽しんでもらうことが目的。記念日は2018年(平成30年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
🌿過去投稿分の一覧はこちら👉 【今日は何の日SS】一覧目次
【SS】初期型AIロボット
西暦2150年、ロボットが珍しくない時代になった。ロボットの頭脳には自律型AIが組み込まれ、人間の指図を受けなくても自らが考え行動するようになっている。実にスマートな対応が可能になったのだ。この機能は災害現場でその力を最大限に発揮している。被災者の探索や救出などでは、周りの環境や状況を瞬時に分析し、人間よりも大きな力で瓦礫を動かすことが必要なときが多くあるからだ。道が塞がれているような場所でも臨機応変に瓦礫の上を移動し驚異的なジャンプ力で重機の到着を待つことがなく救助作業を行うことができる。また、温度変化や天候変化を気にすることなくしかも二十四時間連続活動もできるのである。
災害現場においては、七十二時間以内に被災者を救助することがとても重要だが、このロボットが登場してからは生存者救助率が劇的に向上した。人類の叡智が平和的活動に貢献しているいい事例として度々紹介されている。
このようなロボットも最初から登場したわけではなかった。一番最初に登場したのは、百年前の準自律型AIの頭脳が組み込まれているロボットだった。当時は脚光を浴びていたが、今ではポンコツAIと呼ばれ街の清掃や公園の清掃の場でしかみることがなくなった。
最初の準自律型AIは、自らが考えることはできなかった。全て人間が教えてあげる必要があり、教えてもらった内容の中だけの情報をもとにして自らの行動へと繋げることができていたのだ。自ら新しいことを学ぶことはできなかったのだ。言い換えれば、とても素直なロボットだった。言われないことはやらないし言われるまで動くこともなかった。そんな素直なロボットをこよなく愛するポンコツ愛好家たちが生まれた。愛好家たちは常にポンコツロボットと行動を共にして、いろんなことを学ばせようとしていた。荷物を持って階段を登っているお年寄りを見ると愛好家はポンコツロボットに次のような指令を出した。『あのお年寄りの荷物を代わりに持ってあげなさい。お年寄りの心拍数が高くなったらおんぶして階段の上まで連れて行ってあげなさい。心拍数が危険な状態でなければお年寄りが歩くことをそっとそばで支えてついて行きなさい』また、キョロキョロしながら道に迷っている外国人を見つけると次のような指令を出していた。『あの外国人には最初に道に迷ったのかどうか聞きなさい。相手の声を聞いて言語は判断するように。そして、迷っているようなら行き先を検索して道案内をしてあげなさい』と。
こんな活動が街のあちらこちらで見られるようになっていた。最新のロボットはスマートに仕事をテキパキとこなし、経済や環境維持、災害復旧などで活躍していたが、ポンコツロボットは、ちょっとした親切に特化した活動を人間と一緒に毎日実施していることが評価され、次第にニュースでも取り上げられるようになった。
ポンコツロボット愛好家たちは、この反響を喜んでいた。実は愛好家たち自身が「自分たちは普通の人の中で生活できないポンコツ」だと思っていたということが判明した。本来なら、自ら困っている人に話しかけて助けてあげたかったのだが、どうしても人前では話せないとか、筋肉がないから重いものは持てないとか、人と喋るとうまく説明できないといった症状を抱えている人たちだったのだ。そんな時、彼らはロボットの世界でもポンコツと呼ばれている存在を知ったのだ。まるでそれが自分たちのことのように感じ、ポンコツと呼ばれているロボットたちと一緒に生きていくことはできないだろうか、自分たちに足りないことを補ってはくれないだろうかと考えたことが愛好家発足の発端だったのである。
人とロボットの二人三脚の親切活動が始まった。次第にこの活動は世界中に広がり、いつしかポンコツロボットと呼ばれることはなくなり、親切ロボットという呼び名に変わって行った。その後は、街ゆく人が認識しやすいように親切ロボットは共通の黄色のユニフォームを身に纏うようになり、相変わらずの親切活動を繰り返している。愛好家たちも街の人たちから話しかけられることが多くなり、それまでの引っ込み思案な性格が少しずつ変化して、少なくとも人と話すことが恐怖だという愛好家はいなくなっていた。そして会話で済むことは愛好家が街ゆく人に教えてあげるようになっていったのである。
愛好家と親切ロボットはお互いのいいところを使って補いながら成長して行ったのである。完全ではなかったことが人に対する親切に貢献し、人の心や行動の後押しをしてくれるようになったのだった。全てがスマートを求めている時代に、ゆっくりと時間をかけて成長することの大切さを教えてくれているのかもしれない。
了
🌿【照葉の小説】今日は何の日SS集 ← 記念日からの創作SSマガジン
↓↓↓ 文書で一覧になっている目次はこちらです ↓↓↓
いつも読んでいただきありがとうございます。
コメントも気軽に入れていただけるとうれしいです。
「てりは」のnoteへ初めての方は、こちらのホテルへもお越しください。
🌿サイトマップ-異次元ホテル照葉
#ショートショート #創作 #小説 #フィクション #今日は何の日ショートショート #今日は何の日 #掌編小説 #超短編小説
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければチップによるご支援をお願いします。皆さんに提供できるものは「経験」と「創造」のみですが、小説やエッセイにしてあなたにお届けしたいと思っています。いただいたチップは創作活動費用として使わせていただきます。