7月9日 泣く日 【SS】さようなら
日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。
【今日は何の日】- 泣く日
日付は「な(7)く(9)」(泣く)の語呂合わせから。泣くことで喜怒哀楽の感情表現の豊かさについて考える日。
泣くとは、悲しみ・苦しみ・喜び・痛さなどを抑えることができず、声を上げたり、涙を出したりすること。泣くことはストレスを解消したり、免疫力を高めるなどの効果があるといわれている。
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【SS】さようなら
森下涼子という一人の綺麗な顔立ちの女性がいた。いつも周りには涼しい顔をして過ごしているけど、本当は傷つきやすい性格だ。自分以外の人に弱いところを見せるのが嫌いなので、人前で泣くということが全くない。そのため、周りからは「ちょっと感情がなさすぎて怖いよね。笑わないし、泣かないし」と陰口をたたかれ、職場では友人もできなかった。
涼子は、電話で質問を受け付けるコールセンターで働いている。最近では男性で働く人も多くなったが、少し前はほぼ女性だけの仕事だった。涼子は直接人と会うこともないこの仕事が好きだった。どうしても人前だと顔を見られるので、感情を出すことが苦手な涼子には直接相手の顔を見ずにすんで、自分の顔も見られることがないコールセンターの仕事は好きだった。
コールセンターでの昼食は交代で摂る。大体仲のいいグループというものが出来上がっていて、それ以外での交流はあまりない。最初に仕事に入ってきた時に誘われるので、その時にどのグループと食事に行くかで、その後の付き合いも決定してしまうことが多い。涼子は人付き合いがあまり得意ではないので、誘われても断って誰とも一緒にお昼の食事をせず、自分で作ってきたお弁当を一人で食べていた。この時も一気に噂が広まってしまい、涼子に声をかけてくるものがいなくなってしまったのである。
「なんだか、今回来た子はちょっと美人だからって鼻にかけてるわね。私たちもあの子を無視しましょ」
「本当よね。自分だけ偉いと思ってるのかしら。女は顔だけじゃだめよね。優しい心を持ってなくちゃ、あら、あたしが言うことじゃないわね、フフフ」
これ見よがしに涼子に聞こえるくらいの声で女性のおしゃべりが盛り上がっている。しかし、それもそう長くは続かない。何度声をかけても無駄たと学習した周りの女性たちは涼子のことでの会話の興味もなくなり、いつの間にか流行りのドラマの話に切り替わるだけである。
涼子は仕事が終わるとスーパーに寄って買い物をして、独り住まいのマンションに戻り、鏡の前に立ちいつも自分に話しかけていた。
「ねぇ、涼子。あなたもう少し他の人と仲良くした方がいいんじゃないの」
『でも、楽しくないし、人の顔見て話をするのは緊張するし、いろんな質問されるのも好きじゃないし』
「でもそれじゃあ、友達はもちろん、彼氏だってできないわよ」
『分かってるけど、体というか口が言うことを聞かないのよ。作り笑いもできないし。仕方ないよ、今の生活パターンが崩れるのも嫌だしね』
いつも自分に言い聞かせて自分との会話を終了する。これが日課のようになっていた。働き始めてもう直ぐ三年が経とうとしているとき、爽やかな男性が新しく入ってきた。
「みなさん、初めまして。木下徹、二十九歳です。今回はこちらでお世話になることになりました。コールセンター経験は、実は初めてなのでいろいろと教えてください。ご迷惑をかけるかもしれませんがよろしくお願いします」
この後、徹はなぜか解らないことがあると涼子に聞きにくるようになった。たまたま座席が隣だったからかもしれない。
「森下さん、お昼休みにすみません。こんなことを聞かれたんですけど、本来はどう答えればよかったんでしょうか。僕がそれは仕様ですといったら怒られてしまったんですけど」
「ああ、お客様は仕様を確認しないで使われるのは仕方ないと思うわ。私だって取説をきちんと読んで使うことはないから。あなたは取説をちゃんと読むタイプなんじゃないかしら」
「あ、はい。僕は電化製品でもなんでも使う前に説明書を隅から隅まで読みます」
「やっぱりね。世の中はそんな人の方が珍しいと思うわ。だから、お客様の行動を一旦肯定してあげるとお客様は安心してくれると思うのよ。そのあとで、ここに書いてあるのですが読まなくてもわかるようにしておいてほしいですよねと言うことでお客様はクールダウンしてくれるのよ」
「おお、なるほど。すごいですね。これからもいろいろ教えてください」
「あ、いや。そう言うことじゃなくて。他の人たちに聞いた方がいいんじゃない」
「いえ、僕は森下さんに聞きます。だって僕より木が多い分、優秀だから」
「なにそれ、たまたま苗字がそうだけだっただけでしょ。変な人」
なぜだか涼子は徹から話しかけられても緊張することはなかった。どちらかといえば人懐っこく寄ってくる子供みたいな感じがして心地よかった。次第に涼子の心は徹にだけは開いていくようになり、いつしかその心地いい感情は恋に変わっていった。徹との会話も質問中心だったのが、趣味や小さい頃の話もするようになり、仕事場以外でもデートをするような関係にまで発展していった。ただ、不思議なことにいろんな話をしたり、食事をしに行ったりするのに徹は涼子と手を繋ぐことさえもしなかった。そして、その理由がやっと分かった。
「皆さん、短い間でしたが、大変お世話になりました。本日付でこの職場を休職することになりました。最も派遣社員なので、一旦契約終了になります。ここでは、いろんな勉強をさせていただいたと思っています。実は、私事ですが、僕は病を持っています。このあとアメリカに渡って手術を受ける予定が決まりました。そのため、仕事を辞めなければならなくなりました。成功するかどうかわかりませんが、この職場に復帰できることを夢に見ながら飛行機に乗りたいと思います。ありがとうございました」
涼子は全く知らされていなかった。これまでいろんな話をしてきたつもりだったが、病気の話は聞いたことがなかった。徹が二人の関係を進展させなかった理由を理解した気がしていた。その日、涼子は徹が退職する挨拶をした時、声をあげて泣いていた。誰の目も憚らずに。
了
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