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9月18日 敬老の日 【SS】生きる力

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】- 敬老の日

国民の祝日」の一つ。「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨としている。
「敬老の日」は、兵庫県多可郡野間谷村(現:多可町八千代区)の門脇政夫村長が提唱した「としよりの日」が始まりである。

「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」と、1947年(昭和22年)から、農閑期に当たり気候も良い9月中旬の15日を「としよりの日」と定め、「敬老会」を開いた。1950年(昭和25年)からは兵庫県全体で行われるようになり、それが全国に広がった。その後、1966年(昭和41年)に国民の祝日として9月15日が「敬老の日」に制定された。

9月15日という日付については、聖徳太子が四天王寺に悲田院を建立した日や、元正天皇が養老の滝に御幸された日などの俗説もあるが、どちらも確かではない。

2002年(平成14年)までは9月15日を「敬老の日」としていたが、「祝日法」の改正でハッピーマンデー制度が実施され、2003年(平成15年)からは9月の第3月曜日となった。


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【SS】生きる力

 現代社会は、今を支える世代と未来を支える世代を中心に出来上がっていると言ってもいいだろう。あくまでも、これまでの社会を振り返った場合ということではあるが。それが、止まることのない少子高齢化現象の波を受け、日本の経済を支えるべき年齢層にも変化の兆しが現れ始めている。政府はなんとかして生産年齢を引き上げるべく、年金の引き上げや日本で根付いている会社の定年制度に対しても、その年齢の延長や定年後の雇用促進を促している。もちろん、平均寿命が伸びてきており健康寿命も年々上がっているのが後押しをしているだろうし、老後の生活資金が心配だということもあるのだろう。それ以上に、働き詰めだった日本のサラリーマンは、いきなり「仕事」という自分の居場所が無くなってしまうことに恐怖を感じ、なんとか継続して働き続けたいと思っているのではないだろうか。

 そんなシニア層とは反対に、現役世代の働き手は、自分たちの老後の年金に期待できないため、ずっと働き続けることに希望を持てず、貯蓄や投資を通して必要な生活資金をできるだけ早く貯めて、早期リタイアを目指す動きが活発化している。少しずつではあるが、情報が溢れかえる時代になり、人の意識が変化しているのだろう。これからは溢れる情報をうまく活用する人とそうでない人の格差がそれぞれの生活の格差となって現れてくるのだろうか。

 就職後は定年まで会社に尽くすということや安定を求めて大会社に就職するということを目指していた時代は、すでに過去のものとなった。今や、個人の可能性を最大限に引き出せる会社を渡り歩き、早期リタイアを目指し、金銭的不安のない生活を確立することを目指す時代に入ったようだ。

 今日は敬老の日ではあるが、核家族化が進んでしまった都会では、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に生活している家族は少なくなっているため「敬老」ということ自体がピンと来ないのかもしれない。年寄りの知恵を借りる事もなくなり、年を重ねた政治家の二枚舌を見ている人たちからすれば「敬う」部分が見出せないのかもしれない。会社でもそうで「自分が休むと迷惑をかける」と思いながら仕事に力を注いでいた人たちも退職した後は、特に困る人が出る訳でもなく、組織や会社は問題なく回るのである。今は社会に貢献するというより、自分自身が如何に未来の自分に貢献できるかという考えに変わっているのかもしれない。

 定年を迎える時に悩んだ挙句、仕事につかないことを選択した一人の老人がいた。それまでは、大学を卒業後一つの会社で働き続け、退職する時は同期の中では出世した方でもなく、最後の職位は課長止まり。転職などとは考えた事もなかった。それに、土日であっても問題が発生すると率先して仕事の対応をしていた方だった。いつも自分は必要とされていると思っていたのだ。しかし、仕事を卒業してしまい、この老人は家族から還暦のお祝いをしてもらった時を堺に、家庭の中では自分が何もできないということに気づいたのだった。

 一年間考えた結果、この老人は、地域の活動に参加することを決意した。しかし、そんな経験はないし不安だらけだったが、唯一会社でも利用していたパソコンで表計算や文書作成を実施していたスキルが役に立つことを知らされ、新しい自分の居場所を見つけたのだ。家族も喜んでくれた。収入にはならないのだが、老人のそれまで培ってきたスキルが地域社会で生かされ、必要とされるということは家族にとっても嬉しいことだった。仕事人間からの脱却がやっとできたのだ。

 それからというもの、老人の生活は少しずつ変わっていった。地域の中で交流する人たちの数も増え、隣町との交流まで広がっていった。もちろん、いろんな年代の人たちと交流したり、時には子供たちとの交流もできるようになっていた。そんな充実した日々を過ごして、気がつくと定年してから十五年も過ぎていた。最初の頃に顔馴染みになった地域の子どもたちもすでに成人していたし、街から出ていった子どもたちも多くいた。そんな地域の人の移り変わりを場で感じながら「時が流れるということはこういうことなんだな」としみじみ思うようになっていた。最近は、小学生の登校時間になると旗を持って横断歩道まで出かけることが日課になっている。そして子供達の未来に思いを馳せ、見守るように旗を出している。

 敬老の日は学校は休みなので、近くの公園に散歩に出てみると、小学生の子どもたちもたくさん遊んでいた。すると、そのうち何人かが駆け寄ってきた。

「おじいちゃん、おじいちゃん、いつも朝見守ってくれてありがとう」

「おお、わざわざそれを言いに来てくれたのかい。ありがとう」

「おじいちゃんに会ったら、ありがとうってお礼をいいなさいってお母さんに言われているんだ」

「そうかそうか。お母さんにもおじいちゃんが喜んでいたと伝えておいてくれよな」

「うん、わかった。じゃあ、また明日ね〜」

 生きていることが、こんなにも嬉しいと感じるものなのかと老人は感じていた。



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