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【SS】薬局

 夫の定年と共に、住み慣れた都会をはなれ閑静な新しい土地に引っ越してきたばかりの夫婦がいた。都会に住んでいるときはほとんどが徒歩圏内に生活に必要な施設は揃っていたが、都会での喧騒を嫌い、田舎に引っ越すことを話し合って決断し、中古の平屋の戸建を探して引っ越したのだった。近所付き合いも都会と違って楽しかった。近所といっても離れたところに家がポツンポツンとあるような田舎なのでしょっちゅう往来があるわけでもなく、とても静かで自然豊かな土地で二人とも気に入っていた。

 妻は以前から定期的に病院に通っていたので、新しい土地でも新しく通う病院を探していた。できるだけ近い病院の方が安心であるが家の近くにはない。住んでいるところから車で20分くらいの街にある病院を見つけていた。やはり病院は街までいかないとない。これは田舎暮らしを決断した時から覚悟していたことだった。通院する時は夫が車を運転して妻を乗せていくことが習慣になっていた。重い病気ではないがアレルギー体質のため、定期的に診察してもらい、薬をもらう必要があった。何回か通院して薬をもらう薬局も病院のそばにある「Z薬局」というところの対応が気に入ってそこだけを使うようになっていた。診察が終わった後は歩いていけるほどの距離だが、車を駐車場から出さないといけないので、病院からZ薬局までも夫が運転する車に乗って移動することが習慣になりつつあった。

 ある日、いつも通っている病院に隣接している大きな病院で検査してもらうために、いつもの病院で紹介状を書いてもらい検査をうけた。いつもの病院と隣接している大きな病院の駐車場は同じスペースを利用しているので車の移動がなく便利である。妻はいつもの病院から歩いて大きな病院まで行き、診察を受けた。特に異常は発見されずほっとした。妻は薬をもらいに薬局に行くから薬局で待ち合わせようとLINEを送ってきた。妻は徒歩で薬局に向かい、夫は車を薬局に移動させるために駐車場に向かった。薬局までの距離のほうが駐車場の車までより近いので、妻の方が先に薬局に着くはずだった。夫は車にたどり着くと、駐車場の出口のゲートで清算待ちの車の行列に並び料金を支払い、妻が待っているはずの薬局に向かった。そして、薬局の駐車場に車を止め薬局の中を覗いてみた。しかし、妻はいなかった。10分待っても現れない。もしかしたら薬をもらってまた病院に戻ったのだろうかとも思っが、もう少しだけ待つことにした。段々と不安が募ってきた。

 その頃妻は、Z薬局のドアをくぐり処方箋を受付に出していた。病院の出口を出てすぐ目の前にZ薬局はあった。妻は、処方箋を出すときに、前回親切に薬のことを教えてくれた薬剤師さんがいないことに気づき「お礼を言いたかったけど今日はお休みみたいね」と一人で思っていた。実は前回薬をもらった時に、初めて飲む薬だったので不安を訴えると、数日経ったときに異常がないか確認の電話をしてくれた薬剤師さんがいたのだ。こんなに親身になってくれる薬剤師さんがいる薬局なら安心だと妻は思い、薬局を変えることはなかった。ただ、処方箋を出す際に、なんとなく薬局内が以前来た時よりも綺麗になっている気がして仕方なかったので、受付で話しかけてみた。

「こちらの薬局はリフォームされましたか。以前来た時より綺麗になっているみたいですけど」
「はい。そうですね。少し前ですが、全面改装しました」
「あぁ、なるほど。いつ頃のことですか」
「去年には終わっていたので、そろそろ一年近く前になりますね」

 妻は、やはり何か変だということに気がついた。なぜなら、三ヶ月前にも薬をもらいに来ていたからだ。思いあまって確認してみた。

「ここって、Z薬局ですよね」
「はい、Z薬局ですよ。間違いありません」

 妻の頭の中はますます混乱し始めていた。数ヶ月前に来た時とは違う薬局に感じるし、夫もまだ来ていない。一体私はどこにいるのだろうと考えていた。

「すみません、奥様。こちらでの利用は初めてのようですから、アンケートに記入していただいてもよろしいですか」
「えっ、初めて。。。」(そんなはずない。もう何回も来てるのに)

 妻の頭の中は最大限のパニックになろうとしていた。その時、妻のスマホが振動し始めた。受付の女性に「ちょっとすみません」と言ってスマホを見ると夫からのLINEだった。

「ずっとZ薬局で待ってるけど、何処にいるんだ。中々来ないから心配してるよ」

 どうやら、Z薬局というのは病院のまわりに三か所で営業しているらしい。今回受診した大きな病院は三方向が道路に囲まれており、それぞれに出入り口が設けられ、すぐそばにはそれぞれ違うZ薬局が存在していた。そう、妻はいつもと違う出口から出てしまい、目の前に見えたZ薬局に入っていたのだった。何も疑いもせずに。妻は、そのことにやっと気づき、受付に提出した処方箋を回収し、夫が待っているZ薬局まで急いで歩いていった。いつもの車が見える位置までくると、安心したかのように大きく手を振って夫に合図した。やっと現実に戻ってきたという感じだった。妻は、安堵した。

「あぁ、よかった。あなたに出会えて」30分間以上の空白時間が過ぎていた。


※ 薬局はグループ展開していることが多いので同じ名称の薬局が近くに点在するということはよくあることですね。


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