【SS】 盗まれた思い出 #シロクマ文芸部
ガラスの手がかりを残して犯人は消えた。盗まれたものは「思い出」だそうだ。被害者の女は泣き崩れている。
一ヶ月ほど前、この家に住む若い二人は言い争いをしていたことを周りの住民が聞いていた。
「もういや、あなたとなんか1秒も一緒にいたくないわ」
「あぁ、上等だね。出ていけるものなら出て行ってみろよ」
「何言ってんのよ。ここは私が買った家なんだから、あなたが出ていけばいいでしょ」
「ほぅ、そうかい。じゃあ、出て行ってやるよ。ほらよ、部屋の鍵」
こうして売り言葉に買い言葉で男は出ていき姿を消した。それから一月ほど経って、今回の事件が起こった。窓ガラスが割られ鍵を開けられ侵入されたのだった。割れたガラスの大きな破片には封筒がテープで貼り付けてあった。床に落ちたガラスに貼ってあったため、割れた窓にばかり気を取られていた住人の女は気づいていなかったが、やってきた警察に言われて気づいた。
「この封筒に見覚えはありますか」
「あ、これは、以前一緒に暮らしていた男がいつも使っていた封筒です。端っこにイニシャルのスタンプがありますから。えっ、あの人がガラスを割って侵入したということなの」
「どうやらその様ですね。封筒の中身、改めさせてよろしいですか」
「はい、お願いします」
警官が封筒の中を確認すると、一万円札が十枚と手紙が入っていた。手紙には『ガラス代は、弁償する。鍵を返したから入れなくて割って入った。正確には不法侵入だが、どうしてもメモリーだけは連れて行きかったから』と書いてあった。
「そんな、メモリーを連れて行くなんて。私の思い出はどうなるの」
女は泣き崩れた。しかし被害届は出さないと警察に告げ、何事もなかったかの様に部屋の片付けを始めた。次の日にはガラス屋を呼んで割れたガラスも元通りに修復した。払った費用は五万円。女はたった一人になった部屋で少しだけ後悔していた。女は愛する男と可愛がっていたペットの犬のメモリーを思い出と共に失ってしまったのだ。そもそも喧嘩の原因はなんだったのだろうか。それすらも女は忘れて泣き続けた。
了
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