【SS 12月14日】透明資産の日
【今日は何の日ショートショート】- 透明資産の日
今日は「透明資産の日」です。透明資産とは「目には見えないけれども、人・商品・サービス・想い・空間・空気などに心地よさを感じて、その人にもう一度会いたい、そのお店にもう一度行きたい、その商品をもう一度買いたいと思ってもらえる資産のこと」と大阪に本社がある株式会社ホスピタソンが定義したものです。制定し「透明資産」は同社の商標登録です。
【SS】見えない価値
ある郊外の小さな街に、小さな本屋さんがあった。この本屋さんから車で5分ほど行ったところには大型の書店がある。とてもじゃないが、生計を立てるのは難しいのではないかと思い、看板も確認せずに興味半分で店内に入ってみた。
店構えは古本屋に似ているのだがそうではない。奥の方にはタブレットが数台設置されているようだ。店構えからするとデジタルとは程遠いような印象を受けたので店の奥にいる主人と思しき人物に声を掛けてみた。
「こんにちは。こちらは見るからに本屋さんだと思い立ち寄ってみましたが、なんだか普通の本屋さんとは違うように感じるのですが、こちらの本屋さんではどんな本を扱っていらっしゃるのですか」
「おやおや、初めてお見えになった方ですね。そうでしたら、無理もありません。私の書店でお売りしているのは、電子書籍なのです。それも小説だけです。店頭に並んでいるのは、サンプルとしてあらすじと私の評価を印刷して束ねた本ばかりなのです。それをご覧になって読んでみたいと思う本があれば、ご自身のスマホで注文していただくことになります。でももっと立ち読みしてみたいという方は奥のタブレットを使って本編を読んでいただくこともできるんですよ。もちろん最後までというわけにはいかないので、本編の半分か20分経過した時に強制終了になります。その時間内に引き込まれるような小説と出会えればお買い上げということなりますね。電子書籍の本は星の数ほど登録されていますので、こんな内容を読みたいということを私に言っていただければお探しすることもできます」
「ああ、そんな本屋さんなのですね。とてもユニークな本屋さんですね、ここは。そうか、透明な本を売られているわけですね。紙が並ばないから地球にも優しいってわけですね。でも、サンプルは印刷だからヤッパリそこは紙ですね」
「いいえ。やる時には徹底してやるのが私流。昔のポイントカードを覚えていらっしゃいますか。溜まったポイントが銀色の部分に表示されて、買い物をするとその上からまた上書きされて新しいポイント数が見えるようになっていたものです。あの技術を応用したフィルムを紙の代わりに使っているんですよ。だから、何度でも上書きして使えるんです。エコでしょう」
「おお、なんだか店構えを見て古本屋のようだと思った自分が恥ずかしくなりました。最新技術が詰まっているんですね、それはすごい」
「ええ、ええ。そうなんですよ。私はIT技術も好きなんです。それに星の数ほどいらっしゃる無名の作家さんの作品を紹介するのが私にとっては至極の喜び、生き甲斐なんですよ。デジタルを使いながらもアナログ的な販売で人とのつながりを大切にしたいのです。なので、扱っている内容は小説だけに限定しています。残念ながらそれ以上は手を広げられないのでね。でも、それでも毎日のように新しい作品が生まれているので私は大忙しです」
「はぁ、そうなんですね。私も人の小説にはとんとご無沙汰でしたが、何か読んでみようかな。少し見させていただきますね」
店の奥ではすでに何人かの若者が真剣にタブレットに向かって目を走らせていた。一人で何冊もの小説を斜め読みしているようだ。どうやら読みたいものが見つかったようで。タブレットに向かって自分のスマホをとりだしQRコードを読み取って帰っていった。どうやら作家から選ぶというより、好きなジャンルの小説を何冊か覗いてみて決めているようだ。名前が知られていない作家がほとんどなので、私は「なるほど合理的だな」と感じた。そう思って、狭い店内を物色していると主人が声をかけてきた。
「さきほどからミステリーのところを探しておられるようですね。久しぶりにお読みになられるのであれば、こちらなんかはいかがですか。まだ、荒削りの部分は多々ありますが、売値を考えるとお安いかと思いますよ」
「ああ、ありがとうございます。これは"猛暑日の怪事件"ですね。いやはや、これを勧められるとは」
「いかがなされましたか」
「いや、ちょっとお恥ずかしいのですが、これを書いたのは私なのです」
「おや、そうでしたか。驚きました、作者さんでしたか。これはまた失礼なことを申し上げてしまいました。お許しください」
「いえいえ、滅相も無い。こちらこそ、とても良い勉強になりました。こんな本屋さんがあちこちにできると良いですね。見えない価値を感じられる書店だと思います」
「ありがとうございます。またのお越しと新しい作品のリリースを心よりお待ちしています」
こうして、何冊かの電子書籍を購入してその書店を後にした。振り返って看板を確認すると「小説だけのあなたの本屋」と小さく表示されていた。
了
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