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いつまでもやってられんで。

レイオフの知らせを受けたのが昨年6月末。もともと勤めていた会社が買収され、それに伴う組織改編によってのことだった。その前年秋にポスドクから晴れて企業就職したのも束の間2ヶ月で買収されたので、波瀾万丈といえば波瀾万丈だが、買収からのレイオフということ自体はまぁよくある話である。特異だったのは、レイオフを告知されてから実際に首を切られるまで1年あったことだ。

じっとクビになるまで待っている理由もないので、それからぼちぼち職探しをしていたのだが、オファーをもらったのが今年の5月半ば。結局1年弱かかってしまった。以前履歴書作成を自動化した話を書いたが、それが今年の2月。

幾つのポジションに出してどうこうみたいな記録はそれ以降しか取っていない(AIが勝手にやってくれるから)が、それによると19のポジションに出したようだ。単純計算すると100件弱に応募した計算になるが、実際はもっと少ないと思う。AIで履歴書・カバーレターから解放されたのは応募のハードルを本当に大きく下げてくれた。その中で、最初のスクリーニングに呼ばれたのが4件。うち3件で最終面接に進み、1件からオファーという結果だった。

最終で落とされた2件は、まぁ落ちたな、という手応えだった。最初のところは自分が経験のある実験・解析手法にフォーカスしたポジションだった。面接ではある実験を仮定して、どのように解析するかを質問してきたのだが、それが “その実験、この手法使わなくてもよくない?” という系だったのだ。あくまで思考実験だったのかもしれないが、ほぼ全員同じ質問をしてきたので、もしそのポジションに就いた場合実際にその系を扱うことになったのではないかと思う。それで最後の方の面接相手に、“自分だったらその手法はfirst choiceじゃないすねぇ。” と馬鹿正直に言ったのだった。そのポジションの存在意義に自分から疑問を呈しているのだから受かるはずもない。もうひとつのポジションでは、5年10年スパンでどういうキャリアパスを考えているか、という非常によくある質問をされた。しかしなかなか仕事がみつからないストレスとmidlife crisis真っ只中で非常によろしくないメンタルだったこともあってか、自分でもなにを言っているのかわからない支離滅裂な回答をしてしまい、“やっべ〜落ちた〜” と話しながら思った。あとテクニカルな質問もちょっとうまくいかなかった。てんでダメ。

最後のところは分野的にはそれまで自分がやってきたものからは離れるものの、仕事内容は一番興味がある・経験とも合致するもので、hiring managerとも話していて楽しめた。レイオフ期日が迫っていたこともあり、このポジションを獲りたい、と本気で思えた。そしてRodd & Gunnで普段は買わないようなたっけぇジャケットを買い(ビジネスカジュアルって何着ていいか迷いません?いっそスーツで来いと言ってくれたほうが楽)、いざ面接。無事オファーをもらうことができた。

レイオフというと、朝起きたらメールが来ていて仕事がなくなっていることを知る、みたいなイメージだったので、こんなパターンもあるのかというのは驚いた(同僚も “こんな変なレイオフ始めて” ともらしていた)。おかげで先月末に首を切られたその明くる月曜日から次の仕事、とギャップなしで繋げたのは不幸中の幸いであった。しかしメンタルにはかなり堪えたし、久しぶりにカウンセラーのお世話にもなった(大企業のベネフィットさまさまである)。

Job market が冷え込んでいるというのは聞いてはいたが、それをありありと体感させられた職探しだった。PfizerやJ&Jなどのでかい会社は特に、求人が出たその日のうちにLinkedInでの応募が100件を超えるのもざらであった。オファーをもらった会社は面接場所が少し離れた街にあり、30分のプレゼン + 30分面接 x 6 を休憩なしでぶっ通しでやったあと帰宅ラッシュの渋滞の中を数時間かけて車で帰る道中、“人生でこれあと何回やるんだろ?” などと思ったものである。アメリカのバイオテックで雇われの身であり続けるうえは、レイオフのリスクは切っても切り離せない。しかし50とか60になってこんなことやってられんで。もっとこう、履歴書をちまちま書いて自分から応募するのではなく、コネやヘッドハンティングでズバッと職を掴めるようなステージに早くいけるようにせんといけん。

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