鉄板

 鉄板のうえに裸足で立っていた。白のタンクトップ、白の短パン姿でだ。その鉄板からは足が4本出ていて、鉄板の真下に着火剤や焚き木が敷き詰められている。火をつければすぐに鉄板は熱くなる。
 「ご自由に火をお付けください」と書いたダンボールが風ではためき、パタパタと音をたてていた。風の強い日だった。寒い。タンクトップ姿では無理のある季節になっていた。

 かれこれ4時間以上こうしているが、いまだに火をつけてくれる人はいない。通りがかりの人はじろじろと見ていくが、ダンボールの文字を読んだ瞬間にイヤな顔をして去っていく。

 みんなは見てみたくないのだろうか。熱い鉄板のうえで踊る人を。しかもわたしはブロードウェイに立ったことがあるんだ。そんな人間が熱い鉄板のうえで踊るんだぞ。一生に一度見られるかどうかだぞ。

「わたしはブロードウェイで踊ったことがありまーす」
 声に出して、アピールしてみた。しかしその声は近くの田んぼを素通りし、森の奥に吸い込まれていった。
 事態が好転する気配がない。
 やる場所を間違えたかもしれない。
 しかし繁華街でこのようなことをやればすぐに警察を呼ばれてしまうだろう。だから田んぼと森しかない、ここを選んだのだ。ここでなんとかするしかない。

「あんた、なにやってんだ?」
 背後から小柄なおじさんに話しかけられた。50代から60代といったところだろうか。日焼けして肌が浅黒かった。田んぼを管理している農家のかたかもしれない。
「もしよかったら、火をつけていただけませんか?」
「はあ?」
「そちらにチャッカマンが置いてありますので」
「なんのために?」
「鉄板のうえで踊る人を見てもらいたいんです」
「だから、なんのために?」
「新しい世界を見てみたいんです」
「は?」
「だから、熱い鉄板のうえで踊ることで、新しい世界が見えるんじゃないかと」
 ぽかんとした顔でおじさんはわたしを見た。
「やっぱり頭がおかしいのか。あんた話題になってんぞ。変質者がいるってな。そんな格好で立っていたら、そりゃそう言われるわ。しかもあまりにも変だから、何人かのじじばばが、あんたのこと神様じゃねえかって言い出してる。迷惑だから、とっと帰ってくれ」
「わたしはダンサーなんです」
「知るか」
「火をつけてください」
「自分でつけろ」
「自分でやったら気持ちが盛り上がらないんです。お金なら払います」
「いくら?」
「10万」
 10万と聞いて、おじさんは思案顔になった。
「前金でくれ」
「そ、そこのカバンに入っています」
 おじさんは怪訝な顔でカバンを拾い上げた。そして中をがさごそとあさり、封筒を取り出す。
「そのなかに10万入ってます」
 無言でおじさんは封筒のなかを覗き、ため息をついて、自分の上着のポケットにその封筒を押し込んだ。
「火をつければいいんだな」
「はい!」
 おじさんはチャッカマンで火をつけた。最初はなかなか火がつかなかったが、一度着火剤に火がつくと、ごぉと音を出して燃えだした。
 わたしは「きたきたきた」と叫び、スマホで曲を再生した。右足を右手で引き上げてV字開脚をして、少し待った。左足が熱を感じはじめた。わたしは二度三度飛び跳ねたのち、「あちあちあち」と言いながら、右手左手を交互にあげ、上体を反らした。鉄板モダン・ダンスのはじまりだ。マジで熱くなってきた。自分が焼ける匂いがした。それでも右足、左足をリズミカルに入れ替えながら、ダンスを続ける。
 やがて熱さを感じなくなった。周囲の音も聞こえなくなり、すべてスローモーションになった。ゾーンに入ったのだ。わたしは鉄板に右手をついて、両足をあげた。今まで一番上手に踊れている自信があった。
 曲が終わった瞬間、鉄板を飛び降りて、ポーズを決めた。すでにおじさんはいなくなっていた。それでもわたしはカーテンコールのつもりで深々と周囲にお辞儀をしてまわった。
 わたしはブロードウェイと鉄板のうえで踊った男になったのだ。

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