ウォシュレット
#古賀コン8
僕は大便を出し切ったあと、ウォシュレットのボタンを押して目をつぶった。ノズルがゆっくりせり出すとともに、『ウィーン』という音がする。交響曲のように幾重にも重なる機械音の響き。僕はその音に身を委ね、これから始まるスペクタクルに胸を躍らせる。
そしてノズルから水が吹き出す。
その水は人肌ぐらいの温度で、まるで恋人に抱きしめられているかのような温かさだ。愛が肛門に注がれている。祝福の水。この世界に生まれてきたことに感謝せざるをえない。僕はひとりじゃない。
さらに、肛門に跳ね返った水が発する『ジョボジョボジョボ』という音は、「泣いてもいいんだよ」というメッセージだ。日頃のストレスをどこかへ持ち去ってくれる。よく滝のせせらぎにリラクゼーション効果があるというが、この肛門水跳ね返り音にも同じ効果があるのであろう。すでに全身の力が抜け、ふわりとした気分になっている。
それから少し時間が経つと宇宙空間が見えてくる。
非日常へのツアーコンダクターとして、ウォシュレットはその真価を発揮する。
ウォシュレットが生み出す宇宙空間──すなわちウォシュレット宇宙は、決して息苦しくなく、遠くに輝く太陽の光を浴びた惑星たちが、僕のまわりをぐるぐると回りながら、優雅にワルツを踊ってくれる。僕も思わず踊りだしたくなり、肛門を右や左にずらしてみる。
すると今度はサバンナの大地が見えてくる。ライオン、チーター、ガゼル、ヌー……様々な動物たちが僕のまわりを歩き、高らかに歌い始める。
母なる水よ、母なる大地よ、大きな生命の泉よ、皆へ祝福を。
大地が一斉にお花畑と変わっていく。鳥たちはさえずり、空は虹色に塗り替えられ、動物たちは一斉に手を差し出す。僕はその手を握って、お返しに極上のダンスを踊ってみせる。
大地の隙間から無数の光が飛び出し、空からは美しいクラゲたちが降り注ぎ、動物たちの歌は最高潮に達した。
今、地球はひとつになった。
僕はここで目を開ける。目の前には無機質な白いトイレのドア。だけど、今はそれがこの世界に降り注いだ愛の雪のようだ。
「さあ、歩き出せ。君が踏み出す一歩は、どこを歩こうとも、誰も歩いたことのない前人未踏の道となるだろう」
どこかからそんな声が聞こえてくる。
ウォシュレットのボタンを押して、僕はショーを終わらせる。
急に静寂が訪れた。
祭りのあとのような寂しさが押し寄せる。しかし、その寂しさを振り払い、トイレットペーパーを引いてお尻を拭く。ウォシュレットのおかげで不思議と勇気が湧いてくる。もう寂しさなんかに負けない。
大便除去率100%。ミッションは完了しました。
きっと僕の肛門から大便はすべて消え去ったのであろう。
安心してパンツとズボンを履き、大便を流す。そしてドアをあけて、未来へと飛び出す。
こうして僕は教室に戻った。みんなには「うんちか?」とからかわれた。机の引き出しには0点のテストとカビの生えたパンが入っている。でも僕は負けない。まだ僕は何者でもないかもしれないけど、たくさんの愛と勇気をもらった。そしてウォシュレットとともに、一歩一歩、前に進んでいくのだ。
