昔の高級品は、センスがないと、100円ショップにも劣るかもしれないと少し思ったこと
珊瑚の話をしていて、面白いことに気づいた。
「高いもの」と「おしゃれなもの」って、同じじゃない。
昔の高級アクセサリーって、
大きい
完璧
ツヤツヤ
揃ってる
ほど“良いもの”だった。
でも今は逆に、
少し不揃い
少し傷がある
少し抜けてる
少しラフ
の方が、
「なんか素敵」
に見えることがある。
たとえば珊瑚。
真っ赤で大粒、全部同じ形で揃えると、
急に“昭和の宝石箱”感が出る。
でも、
小粒
少し色が違う
形がバラバラ
麻シャツに合わせる
だけで、
急に“地中海のVintage感”になる。
これって、
アクセサリーだけじゃなくて、
たぶん生活全部そう。
初心者ほど、
「足す」ことで完成させようとする。
でも、
おしゃれな人や空気感がある人って、
どこかで“引き算”をしている。
料理でも、
味を足しすぎる
盛りすぎる
飾りすぎる
と重くなる。
でも、
少し余白があると、
急に洗練されて見える。
面白いのは、
今の時代って、
「すごいでしょ?」
より、
「なんか好き」
の方が強いこと。
だから、
高いヘアゴムよりトレンド感のある
100円ショップヘアアクセサリーの方が
おしゃれに見えることすらある。
つまり今必要なのは、
“完璧にする能力”
ではなく、
“崩す能力”。
でも崩すって、
適当にすることじゃない。
「どこを抜くと気持ちいいか」
を感じる能力。
たぶんそれは、
観察力に近い。
やりすぎてない?
揃いすぎてない?
頑張りすぎてない?
を見つける力。
そして、
少し不完全でも、
“その人っぽさ”が残っている方が、
今は魅力になる。
Vintageと昭和の境目って、
古いかどうかじゃなくて、
「高級品を見せたい」
なのか、
「好きなものが自然に馴染んでる」
なのか、
そこなのかもしれない。
