「不登校」から「自主学習」へ—台湾から見えてきた、これからの教育のかたち
『オードリー・タンの母が語る「自主学習のすすめ」』の翻訳者である近藤弥生子さんをゲストにお迎えして、台湾の教育事情についてたっぷり話を聞きました。
台湾在住のライターとして、教育の現場を長年取材してきた近藤さん。その視点はとても新鮮で、「日本の20年先」を見ているような感覚が何度もありました。
今回は収録を聞き返しながら、印象に残った話をまとめてみます。

台湾では「不登校」をどう呼ぶか
まず最初に驚いたのが、言葉の違いです。
日本では学校に行かない子どもを「不登校」と呼びます。どこかネガティブなニュアンスがあって、「問題のある状態」「解決すべき課題」として捉えられることが多いです。
でも台湾では、同じ状況を「自主学習」と呼ぶそうです。「自分に合った学びを、自分で選んでいる」という意味です。
同じ子どもの、同じ状況なのに、言葉が変わるだけでこんなに見え方が違うのか、と。
近藤さんが話してくれた言葉が印象的でした。
「台湾では、学校に行かなくても白い目で見られたりしない。片身の狭い思いをしたりとか、そういうのもない。平日の昼間に子どもが外を歩いていても、全然気にしなくていい」
さらに、こんな話も。
「取材でよく子どものお父さんを連れてこられる方もいるんですけど、『自主学習してるからね』みたいな会話が当たり前なんですよ」
「自主学習してるから、今日は連れてきました」——それが普通の会話として成り立つ社会。まったく違う世界の話のようで、でも日本もそこに向かっているのかもしれない、と感じました。
変化のきっかけは「声を上げること」だった
台湾の80〜90年代の教育状況は、伝統的な一斉授業、詰め込み教育、学歴社会、多様な選択肢がほぼない状態だったそうです。
そんな台湾が変わっていったのは、オードリー・タンさんのお母さんであるリー・ヤーチンさんたちが「教育は一種類しかないのはおかしい」と声を上げ、保護者を巻き込んで運動を続けたからです。
デモもありました。
日本でデモというと、どこか怖いイメージがあるかもしれない。でも近藤さんが紹介してくれたオードリーさんの言葉はこうでした。
「市民は発見したんです。そもそもデモとは、圧力や破壊行為ではなく、たくさんの人にさまざまな意見があることを示す行為だということを。政治は国民が参加するからこそ、前に進める」
そのデモがきっかけで法律が変わり、オルタナティブ教育や自宅学習が正式に認められるようになりました。段階的に、少しずつ。
今の日本が辿っているルートと、とても似ていると感じます。民間が動き、教育委員会が動き、法律が変わっていく——そのプロセスを台湾から学ぶことも多そうです。
台湾の「自主学習」は、どんなふうに成り立っているのか
ここからが本題です。
日本でも今、学校に行っていない子どもを持つ保護者が増えています。でも選択肢が十分にないまま、責任だけが家庭に集まってしまっている。「自主学習」と言いたいけど、実際には親が一人で抱えている状態になっていることも多い。
台湾では、どうやってそれを乗り越えてきたのか。
近藤さんに聞くと、いくつかのヒントが出てきました。
① ツールを使う——カーンアカデミーの反転教育
台湾の自主学習家庭でよく使われているのが、均一教育平台(Junyi Academy)。
カーンアカデミーとのライセンス契約をもとに台湾独自で開発されたオンライン学習プラットフォームで、台湾の学校の先生たちが作った良質な授業を無料で受けられます。利用者はすでに530万人を超えており、自主学習家庭だけでなく、主流の学校に通う子どもたちも広く活用しているそうです。
近藤さん自身、台湾の中学校に通うお子さんがほぼ毎日使っているとのこと。また、近藤さんが書いたJunyi Academyについてのnoteの記事もあわせてご覧いただけると、より具体的なイメージが湧くと思います。
子どもはまず自分で動画を見て進める。わからないところが出てきたら、そこをメモしておいて、親や家庭教師、あるいは「知り合いの詳しいお兄ちゃんお姉ちゃん」に聞きに行く。自分で週の学習計画を立てて、実行して、振り返る。
それを繰り返していくうちに、自然と「自分で学ぶ力」がついていく、と。
② コミュニティに頼る——親が一人で背負わなくていい
自主学習の話をしていて、何度も出てきたキーワードがありました。
コミュニティです。
台湾では、読書コミュニティ、哲学コミュニティ、カーンアカデミーを使った学習グループなど、子どもたちが参加できる多様なコミュニティが豊富にあります。オードリー・タンさんのお父さんが中学生向けに哲学コミュニティを主宰しているくらい、社会全体に広がっています。
YouTubeでは自主学習中の子どもたちが「うまくいったこと」「うまくいかなかったこと」を発信していて、離島に住んでいても、インターネットを通じてつながれる環境があります。
近藤さんの言葉が刺さりました。
「親が全部責任を負うのはきつすぎる。親はリソースを探すサポーターくらいでいい。コミュニティに行けば、いろんな人がいる。芋づる式に、次のコミュニティも紹介してもらえる」
親が一人で背負おうとすると視野が狭くなるし、うまくいかないことが自分のせいに思えてしまう。でもコミュニティがあれば、「このやり方はダメだったけど、こっちならいけるかも」という情報が集まってくる。絶望する機会が、減る。
③ 学校と「部分的に」つながる
自主学習を選んだからといって、学校と完全に切り離されるわけではないのも、台湾の面白いところです。
近藤さんが紹介してくれた事例で印象的だったのが、「理科の実験だけ学校に行く」という話。実験室は家にはないから、それだけ学校に交渉して参加させてもらう。
「日本人はちょっと恥ずかしがり屋だから、実験だけ行くのは気まずいみたいな感じになるっぽいんですけど、台湾ではあんまりそうならない」
子どもが教育をカスタマイズしていく、という感覚。これは合理的だし、これからの日本でも十分ありえる話だと思いました。
「転校」は転職と同じ感覚
台湾では転校も当たり前のことだそうです。
「1年やってみて、合わなかったら変える」という感じで、特に特別なことではない。それよりも、合わない環境に居続ける方が問題だ、という共通認識がある。
近藤さんの言葉がわかりやすかったです。
「合うところが合わない、くつずれ続けてる状態が一番きつくないですか」
今の日本で転職が当たり前になったように、学校を変えることも当たり前になっていく。
自主学習の子どもは、なぜ「自立している」のか
自主学習というと、なんとなく自由すぎてだらけてしまいそうなイメージがあります。インターネットにどっぷりになってしまうんじゃないか、という心配もある。
でも近藤さんが見てきた感覚はむしろ逆でした。
「主流の学校に行っている子どもたちの方がどちらかというとインターネット漬けになっていて、自主学習している子どもたちはめちゃくちゃ自立してるって感じがします」
その理由が面白かったです。
自主学習をしている子どもは、毎日「自分の時間をどう使うか」を自分で決めています。計画して、実行して、振り返る。そのサイクルを繰り返す中で、「このままずっとYouTube見てたら良くないな」と自分で気づいて、アプリをアンインストールした子どもがいた、という話も出ていました。
詰め込み教育の中で必死に頑張っている子どもが、息抜きでゲームやショート動画に流れていくのとは、根本的に違う。自分で設計している人生だから、自分で立て直せるとのことです。
「学習性無力感」という言葉
収録の中でもう一つ、深く刺さった話がありました。
オードリー・タンさんは、かつて学校でいじめにあい、先生にも理解されず、誰にも分かってもらえない時期が長く続いたそうです。その経験から、こんな言葉を残しています。
「ずっと報われない状況が続くと、学習性無力感に陥る。鳥籠に入れられた鳥は、ドアが開いても飛び立つことを忘れてしまう」
誰か一人でも、自分のことを理解してくれる人がいれば、それが変わっていく。オードリーさんを立ち直らせてくれたのも、コミュニティの中で出会った研究者や教育者たちでした。
子どもが一番絶望するのは、わかってもらえないと思うとき。
この言葉は、自主学習に限らず、子育て全般に通じる気がします。正解を押しつけるより先に、まず聴くこと。それだけで、子どもの見える景色は変わると思います。
日本の「これから」を考える
収録の最後に、近藤さんが言っていたことが印象的でした。
「台湾に来てびっくりした一番の違いが、社会は自分たちのもので自分たちが決めるんだ、という覚悟が全然違うんですよ」
台湾の投票率は70%を超えます。世界中から一票のために帰国する人がいるそうです。
日本ではどうしても「誰かがうまくやってくれるだろう」という感覚が抜けない。でも教育も、社会も、当事者意識を持った人たちが動くことで変わっていく。
台湾の教育改革は、リー・ヤーチンさんたちが声を上げたことから始まりました。そのうねりが法律を変え、社会を変え、今のオードリー・タンさんを生んだ。
日本の教育が変わるとしたら、きっと同じ道をたどるんだと思います。保護者が、教育者が、子どもたちが、「こうしたい」という声を少しずつ重ねていくこと。
その一歩として、まず「不登校」という言葉を「自主学習」と言い換えてみることから始まるのかもしれない、と感じた収録でした。
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参考:オードリー・タンの母が語る「自主学習のすすめ」 (集英社新書)
李 雅卿 (著), 朱 佳仁 (著), 唐 宗浩 (著), 近藤 弥生子 (翻訳)
