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旧東海道視察旅✕プロジェクト⑮(新居宿~吉田宿)

皆さん、こんにちは。こんばんは。
オノケンジです。
本稿は、旧東海道視察旅とプロジェクトをかけあわせたお話の15回目となります。
過去の記事をお読みではない方は、以下にマガジンのリンクを張っておきますのでご笑読ください。


前回までの振り返り

1つ前の記事では、第十一回遠征(浜松宿~新居宿)を執筆しました。
今回は第十二回遠征として新居宿~吉田宿を前半、吉田宿~岡崎宿を後半として2回に分けてお送りします。旧東海道視察旅としては初の連日歩行となります。

補足ですが、太字かつ下線の入った部分は、該当内容のURLを埋め込んでいますので、ご興味があればリンク先もご確認ください。また、文章に適宜埋め込んでいる画像は、Google Map大先生のお力をこれでもか!とお借りしています。ご容赦を。。

第十二回遠征前半(新居宿~吉田宿)

前半の遠征は吉田宿(現:豊橋市)までの約23Kmと前回よりは少し長めとなっています。

新居宿~白須賀宿

早朝、JR東京駅から新幹線に乗って浜松へ。さらに東海道本線に乗り換えて新居町駅に降り立ちます。
旧道歩き再開ということで エイエイオー! といつものように心の中で雄たけびを上げ、まずは新居宿の本陣跡方面に向かいます。

JR新居町駅
1Km近く歩くと新居関所の文字が
新居関所史料館

新居町駅から1Km弱歩くと右手に新居関所資料館が現れます。
今回の旅の楽しみの一つとしていた場所。
日本で唯一現存する関所で、国指定特別史跡に指定。併設する新居関所史料館では、関所ゆかりの資料や街道・交通史関係資料等が展示されています。

新居関所:
今切関所と呼ばれ、徳川家康によって創設。幕府は江戸を守るため、全国に五十三ヶ所の関所を設け、「入鉄砲と出女」に対し厳しく取り締りを実施。このあたりは箱根の関所も同様。
余談ですが、東海道とは別に見付宿(静岡県磐田市)から枝分かれして浜名湖の北側を通り御油宿(愛知県豊川市)に抜ける姫街道なるものがあり、女性が多く利用したとか。その理由については諸説あるようですが、以下の3つではないかと言われているとか。

  • 関所は厳しい取締りが行われていたため、この取締りを回避するため

  • 新居~舞坂間は舟渡しだったことから女性が怖がったため

  • 新居関所の正式名称は今切関所ですが、「今切れ」となり当時の女性には縁が切れるなど不吉な言葉へと連想されていたため

1時間ほど新居関所跡を見て回った後、旅籠紀伊国屋資料館にも立ち寄りつつ、やっとこさ本陣跡へ。

旅籠紀伊国屋資料館
本陣跡前にこちらの資料館も観覧
飯田武兵衛本陣跡
疋田八郎兵衛本陣跡
もう1つ疋田弥五郎本陣があったようですが、標石などは見当たらず
新居の一里塚跡
棒鼻跡
当時、新居宿の出入口だった場所
横断歩道が無いため、こちらを降りて地下から反対側へ渡ります
反対側の地下道出入口
画像右手方面へ進みます
白須賀の一里塚跡・高札場跡
ウッカリ見過ごすところでした・・
潮見坂

白須賀の一里塚跡から少し歩くと現れましたは潮見坂
街道一の景勝地として数々の紀行文などにその風景が記されているとか。
江戸時代には天下の嶮といわれた箱根とならんで東海道の難所の1つに数えられていたそうです。

潮見坂を坂の上から下に向かって
下った先に1つ上の画像の場所があります
潮見坂も急こう配でキツカッタ・・
GoogleMap先生の旧東海道の文字が入っているのはご容赦を
潮見坂を上った左手に おんやど白須賀 があり、立ち寄らせて頂きました
おんやど白須賀は、東海道宿駅開設400年を記念し、
白須賀宿の歴史と文化に関する知識を広め、
資料の保存と活用を図るために設置されたとのこと
曲尺手(かねんて)
白須賀宿の出入口
大村庄左衛門 本陣跡
桐屋三浦惣次郎 脇本陣跡
電柱やバス停等に囲まれていますね・・

白須賀本陣跡に到着。新居関所の史料館とおんやど白須賀を見て回っていたこともあり、2宿区間は歩いたような感覚に。まだ1宿しか歩いていないんだなと我に返ります。

白須賀宿~二川宿

白須賀宿を後にして二川宿へ向かいます。
二川宿にも立ち寄りたい史料館があるためペースを上げます。

細谷の一里塚跡
国道1号線に合流後、しばらく歩くと現れます
二川の一里塚跡
細谷の一里塚跡から二川の一里塚跡の間ですが、
国道1号線を延々歩いた後、新幹線のガード下をくぐって少し歩くとこちらに
二川宿までもう少し
松阪屋 脇本陣跡
馬場本陣跡

二川宿の本陣跡に到着。白須賀宿と二川宿の間には目ぼしい場所はほとんど無いものの・・二川宿の本陣跡は 二川宿本陣史料館 として改修復元された建物内を観覧することが可能となっています!!
旧東海道で本陣跡が残っている場所が何ヵ所あるのか失念しましたが、かなり貴重な場所といえます。

  • 二川宿本陣史料館
    豊橋市指定史跡である二川宿本陣を保存・公開するとともに江戸時代の交通をテーマとした博物館として平成3年(1991年)にオープン。平成11年度(1999年度)に東隣の旅籠屋遺構「清明屋」の寄贈を受けたことを機に、常設展示のリニューアル・企画展示室と収蔵庫の増築・清明屋の復元改修を進め、平成17年4月29日にリニューアルオープン。また、平成27年(2015年)より商家「駒屋」を復元改修し、公開。

二川宿~吉田宿

二川宿本陣史料館を後にし、本日の目的地である吉田宿に向かいます。今回は各宿で史料館などを見て回ったため、到着が夜になる見込みです。

高札場跡と二川町道路元票
西問屋場跡
火打坂の交差点
道路横断後、左手方面へ向かいます
火打坂を超えてしばらく進んだ交差点を左に
歩いた当時、真っすぐ歩いてしまい20分程ロスしたことを思い出します・・
飯村の一里塚跡
後ろ側の道路が旧道で、手前は国道1号線です
すぐ左側で合流し、しばらくは国道1号線を歩きます
東八町の交差点を左手に
吉田城の東惣門跡
問屋場跡(NTT西日本 豊橋ビル前)
吉田宿本陣跡(うなぎ 丸よ前)
吉田宿脇本陣跡

吉田宿本陣跡に到着。二川宿から吉田宿の間も目ぼしい場所は少ないものの、道路は整備されていて非常に歩きやすかったです。
豊橋市市街地はさすがに大きな町のため、本陣や脇本陣等は跡地を示す標石が残っているカタチですね。ただ、標石があるだけでも良かったなと思います。場所によっては、跡地自体が消えている場所もありますからね。。

さてさて、本日は豊橋駅に併設されているホテルに宿泊し、明日は岡崎宿を目ざします。加えて、せっかく豊橋に来たため、豊川稲荷にも立ち寄る予定です。

余談

新居町駅で電車を降り、階段を上って出口に向かうのですが・・階段を上り始めて直ぐに右足のふくらはぎに嫌な痛みと張りが・・。
新居関所跡まで歩いてみて痛みが治まらないようであれば休止することも頭にチラついたり。
幸いにして歩き始めると痛みが落ち着いてきたため決行した次第です。

まとめ

第十ニ回遠征前半として、新居宿から吉田宿を紹介しました。
宿と宿の間で目立った場所は少なかったものの、各宿にある関所跡や史料館は見応え大ありで大満足です。あらためてURLを以下に記載しますので、是非訪れて頂けますと幸いです(関係者ではございません)。


さて、次回は第十二回遠征後半として、吉田宿~岡崎宿まで執筆出来ればと考えています。

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それでは次回の投稿をお待ちください。