旧東海道視察旅✕プロジェクト⑯(吉田宿~岡崎宿)
皆さん、こんにちは。こんばんは。
オノケンジです。
本稿は、旧東海道視察旅とプロジェクトをかけあわせたお話の16回目となります。
過去の記事をお読みではない方は、以下にマガジンのリンクを張っておきますのでご笑読ください。
前回までの振り返り
1つ前の記事では、第十二回遠征前半(新居~吉田宿)を執筆しました。
今回は第十二回遠征後半として吉田宿~岡崎宿をお送りします。
補足ですが、太字かつ下線の入った部分は、該当内容のURLを埋め込んでいますので、ご興味があればリンク先もご確認ください。また、文章に適宜埋め込んでいる画像は、Google Maps大先生のお力をこれでもか!とお借りしています。ご容赦を。。
第十二回遠征後半(吉田宿~岡崎宿)
後半の遠征は岡崎宿まで(寄り道含む)の約35Kmとなっています。
吉田宿~御油宿(豊川稲荷参拝含む)
早朝5時頃、宿泊したホテルを後にして旧道に向かいますが、せっかく豊橋にいるため旧道歩きとは別に豊川稲荷に立ち寄る予定です。
旧道を調べているとJR飯田線の小坂井駅近くを通るため、こちらから電車に乗ってJR豊川駅に。駅から徒歩で5分歩けば豊川稲荷に行ける模様。
豊川稲荷と言えば、港区元赤坂に東京別院があり、そちらには何度か参拝したことがあります。
さて、旧道に合流したため・・ エイエイオー! と心の中で雄たけびを上げ遠征再開です。

交差点を右に向かいます



廻米の集積や伊勢参宮の船便で賑わったそうです


ココを渡れば豊川市!!ではなく、20m手前ぐらいから豊川市だったり

JR飯田線に乗って豊川稲荷に向かいます

豊川稲荷に向かいますが、早朝ということもあり人は少ないですね


豊川稲荷に参拝。早朝ということもあり人は少なめ。
大本殿を始め寺院内をお邪魔しつつ、その中でも霊狐塚(写真はUpしませんが豊川稲荷のWebサイトをご参照ください)は圧巻の景色。
いわゆる霊感の類は持ちえないものの、そんな私ですら空気が違うように感じ、「お邪魔します」「お邪魔しました」とお声かけをさせて頂きました。
気持ち新たに旧東海道視察へ戻ります。
豊川稲荷:
豊川稲荷の正式名は妙嚴寺で山号を圓福山とする曹洞宗の寺院。
こちらでお祀りされているのは鎮守・豐川吒枳尼眞天とのこと。
豐川吒枳尼眞天が稲穂を荷い、白い狐に跨っておられることから、いつしか豊川稲荷が通称として広まり、現在に至るそうです。
JR小坂井駅に戻り、旧道歩きを再開します。


今でもこの道はあっていたのか疑問だったり・・

地下道を使って反対側に渡ります
本日最初の宿場町 御油宿までもう少しです



御油宿の本陣跡に到着。本陣跡の手間に高札場や問屋場の跡地があったはずですが、既に跡地の形跡もなく。寂しい感じではありますね。
・御油宿:城下町である吉田宿の喧噪を避けた旅人や姫街道の人々で賑わったとか。前後の吉田宿、赤坂宿と並んで遊女が多かったそうです。この次の赤坂宿とは2Km程度と距離が短いため、双方で客引きは強引だったそうです。東海道五十三次の浮世絵も客引きの風景で「旅人留女」というタイトルですね。
※刀剣ワールド浮世絵の御油宿の浮世絵(https://www.touken-world-ukiyoe.jp/tokaido/#tokaido-36)
御油宿~赤坂宿
本陣跡を立ち去り赤坂宿へ向かいます。

どこから来たの?どこまで歩くの?等
不慣れな土地で有り難いなぁと感謝



赤坂宿の本陣跡に到着。建物は残っていないものの、門と塀があって雰囲気を感じることはできます。他に大橋屋(旧旅籠鯉屋)という場所があり、創業は江戸時代の初期ともいわれ、旧東海道で唯一、江戸時代の面影を残した旅館として長く営業を続けていたそうです。ただ、2015年に惜しまれつつ歴史の幕を閉じたとか。現在は見学、イベントができる市の文化遺産として生まれ変わってまして、私も見学をさせて頂きました。
ボランティアのガイドさんがいらっしゃるのですが、色々なお話をして頂けて大変勉強になり、1時間近く滞在したかも・・。ちなみに、安藤広重「東海道五十三次 旅舎招婦ノ図」は、こちらの旅館が元になっているとか。
ガイドの方とこのあたりからのアングルだと思うんだよね~とワイワイさせて頂きました。
そんな楽しいひと時を過ごしつつ、大橋屋を後にして藤川宿を目ざします。
赤坂宿~藤川宿


しばらく1号線沿いに進みます
緩やかな上りが続いて地味にきつかった記憶が・・







歩いた日は多くの小学生と先生と思わしき方が
歴史を学習していらっしゃった

時間的な余裕がなく資料館には立ち寄らず

解説を読んでいた時、本格的な自転車を駆る若者から声をかけられる
京都側から出発し東京を目指しているとのこと
束の間ではあるものの旧東海道話で盛り上がりました
・むらさき麦:解説の1つにむらさき麦の内容があります。江戸時代にあったとされる幻の麦「むらさき麦」を復活させたとか。大麦の一種で、その名のとおり茎から穂先まで紫色に染まるとのこと。むらさき麦の魅力を伝えるべくうどん・パン・クッキー・ビールなど約30種を商品化、市内で販売している模様。残念ながら筆者は探し当てることは叶わなかったが興味深いプロジェクトですね。
さて、本日のゴールである岡崎宿に向かいます。
藤川宿~岡崎宿


その先には藤川松並木が見える

抜けた先で国道1号線に合流します

のどかな風景の中を歩きます

進んだ先に大平橋が架かっているためそちらを渡ります

今回は時間の都合で行かず・・
ちなみに、大岡家は江戸に常駐する定府大名で参勤交代がなかったため、
家臣団の大部分が江戸藩邸に住んでいたとのこと
陣屋は郡代1人・郡奉行1人・代官2人・手代3人・郷足軽4、5人程度だったとのこと





城の防衛と城下の繁栄の折衷案ともいえる曲がり角が続きます
旧道は右手に進みます



何とか日が落ちる前に岡崎宿の本陣に到着。二十七曲の途中ではあるものの、今回の遠征はここで終了します。その後、名鉄東岡崎駅から豊橋駅に戻り新幹線ひかりに乗車してのんびり東京へ。
まとめ
第十ニ回遠征後半として、吉田宿から岡崎宿を紹介しました。約35Kmと遠征の中でも比較的歩いたように思います。
今回は豊川稲荷に寄り道し、当時の建築物を味わい、ここであっているの?と不安になる道を愉しむ充実した遠征だったなと。施設などのURLを以下に記載しますので、是非訪れて頂けますと幸いです(関係者ではございません)。
大橋屋(旧旅籠鯉屋)(https://www.toyokawa-map.net/spot/000214.html)
大岡越前守陣屋跡(https://okazaki-kanko.jp/point/458)
さて、次回は第十三回遠征前半として、岡崎宿~宮宿まで執筆出来ればと考えています。
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それでは次回の投稿をお待ちください。
