noteにも職人とアーティストがいる
今回の灯火杯はアートがテーマということで。
こんな本を読んでみました。
その中にアーティストと職人のくだりがありました。
この本では、アートをひとつの植物に例えています。
地表に出ている花は作品だとして、その根には大きなアートの種がある。そして、その地中の種からは無数の根がこれでもかというくらいに伸びている。
種や根は地表には出ません。実るのかわからないような無数の根をあらゆる領域に伸ばしている。
そこからの着想は、作品として結実するかはわからない、もし結実したとしても多くの人から評価されるかはわからない。
しかし、その地中にしか生まれない自分だけの探索。作品だけではなく、そこまで含めたすべてこそがアートなのではないか、そんなふうに読みました。
一方で、ある技術を身につけ、結実した花をコンスタントに量産する方もいます。これはアーティストというより、職人と言えるのかもしれません。
コンスタントに結実した作品を公開し続ける職人の人もまた素晴らしいと思います。
ヒットの法則を掴んで、ヒット作を生み続けるのは、アートというよりは、職人気質の方という感じです。
資本主義の世の中では、職人のほうが成功しやすいのかもしれません。結局売れなければ評価されないのと同じというのは、一面の真実ですが、資本主義のレンズを通してみた評価ではないかと思います。
一方で、地中深くでまだ誰もたどり着いたことのない場所に根を伸ばし続けるアート精神を持ち合わせた人がいます。そういう人の中にはまだ充分な評価をされていない人がたくさんいると思います。
いつ評価されるかはわからない、それは死んだあとの可能性すらある。あるいは、一生評価されないかのもしれない。
しかし、だからといってアートが新しい世界を切り開くことをやめるわけにはいかない。そういう開拓精神は必要なのだろうと思います。
そして、noteには、少なからずそういう精神を持ち合わせた人が虎視眈々と準備をしているような気がします。
表現の世界にはどちらの営みも必要だろうし、アーティスティックに全振りする人もいれば、職人性に全振りしている方もいるし、両方をうまくバランスとっている方もいると思います。
どちらが正解ということもありません。それも含めて自分で決めた道。食っていくかどうかなんて、現実的な問題もあるのだろうけど、それも含めて自分で決めた道。
noteにもし他の媒体と違うところがあるとしたら、アーティストや職人が「出し合っている」というところにあると思います。それは、今まで光が当たっていなかったところに、光が当たる可能性を秘めている。
そして、その光はこの文章を読んでいるあなたが照らす光なのかもしれない。
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ちょうどいい機会なので、ここから今まで見たことがないジャンルの記事を探しに行ってみませんか?
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