過日(後編) #パケどう
まだ読んでいない方は、前編から読むのがおススメです。
前後編を分けたのは、間に合わなかっただけなのですが、後編は伏線回収なので、前編から読んだ方がいいはずです。そんな感じでよろしくお願いします。
過日(後編)
「やっぱり、ここにいたんだね……親父」
親父は少し意外そうな目でこちらを見つめた。
「ああ……悠か。久しぶりだな」
親父は、精神を患ってから相変わらず仕事につくことはできず、掘っ立て小屋での生活を続けていた。僕は、自分の仕事を見つけてから、この小屋を出て、一人暮らしをしていた。一度出てから、私がこの小屋に戻ってくることは今までなかった。
「……少し、痩せたね」
「そう?」
親父は、あまり元気といった感じはしないが、前よりもさらにやつれているように見えた。やはり、この空間は時が鈍っているように静かに重い。
カタカタ
「修司サン、今日は、月がキレイですネ」
ルーシーが場違いな発声をする。
「まだ、動いていたのか。それ」
私は、引っ越しの大サイズくらいの大きめの段ボール箱から、ルーシーを取り出した。親父は、一瞬眉をひそめた。
「そう、今でも動いてる」
私は、箱からルーシーを取り出しながらつぶやく。
「そうか、これは修司のアンドロイドだし、捨てるに捨てられないよな」
「今日は、これを親父に渡そうと思ってきたんだ」
「俺に?」
「7年前の9月25日、親父はルーシーを19歳のときの叔父さんに返した。僕も19歳になったから、これは親父に返そうと思って。」
「よくわからないな。返すんだったら、あいつにじゃないのか」
「返すのは、親父が叔父さんに返すべきだと思うんだ」
「……。」
「ルーシーは、ルリ。つまり、僕の母さんなんだろ?」
「ルリ……。その名前は、久しぶりに聞いたな。」
カタカタ…
「修司サン、今日は月がキレイですね。アイしていマス。サクラが散ってもアナタをお慕いしていマス…」
「相変わらず場違いなアンドロイドだ。」
「母さんは、修司さんのことを愛していたの?」
「……壊れかけのアンドロイドのいうことを信じるのか?」
「アンドロイドに感情があるのだとしたら、感情を吹き込むことができるのは人間のはずだよ」
「いつの間にか一端の口を利くようになったな……確かに、お前の母さん……ルリは、修司のことを愛していた。溺愛だったといっていい。正直心配なくらいだった。まだ、高校生になったばかりだったのに、『子どもとしてかわいがる』という接し方には到底見えなかった。
修司も、ルリに対して、好意を寄せていた。ただ、あいつにはほかに身寄りがいなかったから、母親の代わりになってくれる人が必要だったんじゃないかと思ってる」
「……ルーシーは、『お昼が都合がいい』と言っていたよ」
「ルリは、俺が日中仕事に出ている間に、しょっちゅう修司と会っていた。最初は修司も好意的に接していたと思う。ただ、日を追うごとにだんだん彼女の愛情が歪み始めていた。修司もそれをどう処理したらいいのかわからなくなっていたのが正直なところだと思う。修司がそうなってしまったルリのことをどう思っていたのか、本当のところはわからない」
「修司サン、桜がキレイですネ。お慕いしておりマス」
唐突に場違いな音量で発声するルーシーは、この会話を聞いているのだろうか。壊れているのかどうなのかもさっぱりわからない。
「……たぶんだけど、叔父さんも、母さんのことを愛していたんじゃないかと思う。だから、ルーシーを捨てずに持っていた」
「……。」
親父は、一瞬眼光を鋭くしたが、すぐに元の表情に戻った。
「あいつは……修司は、最後はルリの歪んだ愛情に耐えられなくなっていた……。それで、処理しきれなくなった自分の感情を爆発させて、ルリを突き飛ばしてしまった。俺が発見したときには、ルリはもう……死んでいた」
親父は、念仏を唱えるように目を閉じ、嚙みしめるように語った。
親父の気持ちになって考えれば、この状況をまともに受け入れることはかなり厳しいだろう。
しかし、それだけではないはずだ。
そして、その話は、親父だけでなく、僕をも傷つけることになる。
でも、ここで話を終わりにすることはできない。
僕は大きく息を吸った。
「親父……。もしかして、親父が母さんを見つけたとき、まだ母さんは生きていたんじゃないのか……?」
「……!!」
親父は閉じていた目を見開いた。何も言葉は発しないが、なんてことを言うんだという目で訴えかける。
僕は、左ポケットから女性物の腕時計を取り出した。
「それは…」
「この腕時計、母さんのだろ。叔父さんがいなくなる日に、僕に渡してくれたんだ。25日、11時34分で止まっている。突き飛ばした拍子にぶつけて、止まってしまったんだ。叔父さんが母さんを突き飛ばしたのは、昼の11時34分だったんだ。叔父さんは、この腕時計を持ち去ってしまった。たぶんそのあとどこかに隠してしまった。だから、この時計の存在は警察には把握されなかったんだ」
「……」
僕は、意を決してルーシーのほうを向き、声を出す。
「ルーシー!僕の母さんは殺されたっていってたよね?」
「なんだって!?」
ルーシーのカタカタ音が次第に大きくなる。
「ユウ……。あなたのお母さんは、事故で死んだんじゃナイ。殺されたノ……!あの日の夕方に……。お昼のほうが都合がイイの。」
「なんてことを……。」
驚きを隠せない親父を横目にもう、後戻りはできない。僕は、間髪を入れることなく説明を試みた。
「ルーシーは、母さんが夕方に殺されたと言っていた。だから、疑問に思ったんだ、11時34分は夕方ではありえないから……。」
「……」
親父は、黙って僕のことを見つめている。
「実は、叔父さんの事件のことを調べ直してみたんだ。警察にいったり、新聞記事を探したり。そうしたら、母さんの死亡推定時刻は夕方だった。死因は『後頭部を鈍器のようなもので強く打ち付けた』とされていた。
でも、叔父さんが突き飛ばしたのがお昼ごろだと言っていたのだとしたら、さすがに警察にもおかしいと感じるんじゃないかと思ってたんだ。けど、調べてみたら、叔父さんは、逮捕されてすぐは『お昼の時間帯に突き飛ばした』って供述していたんだけど、そのあと数日してから『実は、突き飛ばしたのは夕方だ』と供述を変えていたんだ。
それで、叔父さんは『夕方に突き飛ばした』という容疑で、立件された。
でも、それだと壊れた時計のことが説明できないんだ」
親父は、体を震わせながらも、自身を落ち着けようと必死に体全体に力を込めていた。額には汗がにじんでいる。
「叔父さんは、昼の11時34分に母さんを突き飛ばした。でも、すぐに時計を奪って逃げだしてしまった。だから、『夕方に後頭部を打ち付けた』というのは本来説明できないはずなんだ。」
「……」
「それなのに、叔父さんは、警察に対しては『夕方に突き飛ばした』とウソをついた。そんなウソをつかなければならなかった理由は。それは、母さんを本当に殺したのは誰かに気がついていたからじゃないのかな。」
親父はワナワナと震えを抑えきれないまま腕を組み顔を真っ赤にした。
しかし、しばらくして観念したように口元に薄ら笑みを浮かべた。
「……よくもまあそこまで調べたな……。俺の負けだよ。お前が言うとおりだ。俺が帰ってきたとき、ルリはまだ……生きていた」
「親父……どうして……」
「ルリは、頭を打って倒れていたが、朦朧としながらも意識を取り戻していた。なのに修司のことを繰り返し言っていたんだ……。ルリの修司への偏愛は異常だった。恐怖すら感じたよ。同時に、憎かった……。なぜ、よりによって修司に……。まだ、高校生じゃないか……。俺が横にいるのに気がついても、ルリは修司のことしか……。気がついたら……、気がついたら……とどめを刺してしまっていた…」
親父は、今まで僕に見せたことのない表情でうなだれた。
僕は、あふれ出る涙を抑えることができなかった。
「修司が逮捕されたとき、俺は名乗り出ることができなかった。それなのにあいつは……、自分ですべての罪を被ったんだ。修司は、『殺人』ではなく、『過失致死』で立件された。だからいいんだというつもりはない……。なんてことをしてしまったんだと……。でも、俺ももう何もできなくなってしまったんだ。」
「親父…」
「悠……、俺は馬鹿だ。お前にも修司にもルリにもとんでもない迷惑をかけてしまった。情けない限りだ……本当にすまなかった……」
親父は、精力をつき果たしたように力なくうつむいた。
カタカタカタカタ…
「ワタシは、全然恨んではいないワ。あなたは、何も悪くナイノ。あなたは、何も悪くナいのだカラ」
突然、ルーシーが場違いな音量で発声する。僕も親父も思わず、ルーシーに視線を向ける。
「ワタシは、全然恨んではいないワ。あなたは、何も悪くナイノ。正司さん。」
「正司さん…!?」
「ごメんなサイ……ごメんなサイ……正司さん……ワタシは、全然恨んではいないワ」
「ルリ……」
親父は、顔をくしゃくしゃにして俯き、感情を見せることを憚らなかった。
すすり泣く声が決して大きくない部屋中にこだました。
ルーシーはすべてを聞いていた。
ルーシーが、いや母さんが、そこにはいたのだ。
***
親父は、警察に出頭し、長期間留置されることになった。
一度解決したはずの事件の真犯人が、実は夫であったという事件は、センセーショナルな話題となり、連日ワイドショーで報じられた。
後日、親父の裁判が開かれることになる。
親父の裁判に当たっては、欠かすことのできない証人がいた。
そして、その証人は予定された日に裁判所に出廷するらしい。
***
証人尋問の日は、もう春が来て、桜が咲き始める季節だった。話題性のある事件は、傍聴券の取り合いとなっていた。
私は、家族ということで裁判の傍聴が認められた。
法廷に出てきた親父は、相変わらず元気はないものの、表情は少しスッキリしたように見えた。私はそれを傍聴席でじっくりと見つめる。
「証人早々木修司さんは、入廷してください」
叔父の名前だ。
もう7年以上も合っていない叔父が証人として証言台に立つ。被告人席に座る親父も、驚きの表情を隠すことができない。
叔父は、母を突き飛ばした時間帯が11時34分であること、親父も母も全く恨んでいないこと、むしろ犯行時刻が夕方であるとウソをついて迷惑をかけてしまい申し訳なかったことを涙ながらに証言した。
親父は、終始うつむき人目をはばからず涙を流し続けた。僕も涙をこらえることはしなかった。
弁護士によると、親父には、然るべき罰が下るだろうが、情状酌量の余地があるらしい。
証言を終えた叔父と僕は、外に出て、川沿いの桜並木を歩きながら、久しぶりの再会に会話を弾ませた。
「まさか、悠君が兄貴に対してね。こんな形で会うことになるなんて」
「ほんと。いなくなるなんてひどいよ。」
「兄貴が自首して逮捕されて、証人で呼ばれたときは驚いたよ。どんな顔で出て言ったらいいのかわからなかったけど。なぜか、悠君に呼ばれた気がしたんだ。僕もきちんと向き合わないといけない。ウソをついたままではダメだ。そう思わせてくれたのは悠君だ」
「ほんと。ルーシーもおきっぱなしだし」
「僕にはもうルーシーと一緒にいる資格はないと思っていたんだ。でも、悠君がずっと大切にしてくれていたんだね……。本当にありがとう。そして、本当に申し訳なかった」
「ワタシは、全然恨んではいないワ。あなたは、何も悪くナイノ。あなたは、何も悪くナいのだカラ」
本当に唐突に場違いな音量で発声するアンドロイドだ。
でも、母さんは最初から誰のことも恨んでいなかったんだ。最初からルーシーはずっと言ってくれていた。
そう思うと自然と涙が流れて来た。叔父さんもきっと同じ感情で同じ表情をしていてくれていると思う。
「ルーシーは、今度こそ叔父さんに返すからね」
「ああ……ありがとう」
カタカタカタカタ……
ルーシーがいつもより心地の良いカタカタ音を奏でている気がする。
「桜がキレイですネ」
桜の季節は、今を紡いでいる。
(了)
早時期仮名子さんの企画に参加させていただきました。
本当は21日までだったんですけど、終わらなくて前後編にしてしまいました(プロットは21日に出した前編でほぼすべて拾っているはずなので、後編は伏線回収……ということでお許しいただければ……)。
久しぶりに、創作してみたけど楽しかった!
というか、ミステリーで書いたのは初めて。やっぱ大変だし、出力の調整も締切りも守れずうまくいかないからあんまりたくさんはできるもんじゃあないっす(笑)息を吐くように創作を書かれている方は本当に凄い……
他の方の作品も勉強になります。同じプロットで比較すると特徴が現われるような気がしました。
早時期仮名子さん、ありがとうございました!
