映画シナリオ「千年咲く花」(4/4)
(3/4からのつづきです)
○夜、村井の自宅
電話を取る北村。
千恵 「人殺しのビデオは、高く売れる
よね?」
北村 「…いい返事だ」
千恵 「撮りにきなさいよ」
北村 「彼女は芝居の公演に入った。千秋楽
の後、劇場で会おうじゃないか。場所は京
都だ」
千恵 「…京都」
北村 「どうした?」
千恵 「………わかった」
○夜、海岸
ケータイで電話する千恵。
稽古場の弓美とカットバック。
弓美 「無茶よ! 私と会ってる時にあなた
は死んだって司郎さんが言ったのよ! し
かも京都って! 来ちゃダメよ!」
千恵 「今回がそれだと決まった訳じゃない。
司郎が治るのが運命なんだとしたら、私
だって頑張らなくちゃ。北村を野放しのま
まには出来ない。司郎が治った時に、何事
もなかったように元の暮らしに戻れない
と」
暗い海を見つめる千恵。
インサート。割れたガラスのウサギ。
千恵 「あの名刺、まだ捨ててないよね?」
弓美 「千恵さん」
千恵 「…私は死ねない。まだまだたくさん、
司郎に果物をもって帰らなきゃ」
○朝、ホテルの部屋
ベッドでよく眠る司郎。
テーブルの上にメモを書き残した千恵。
子供のような寝顔にキスをする。
○雨が降る京都
○特急の中の千恵、雨が窓を叩く
○新幹線の中の北村、雨が窓を叩く
○京都の小劇場、雨、「本日千秋楽」の看板
○新京極の商店街、刃物屋で出刃を買う千恵
○劇場の外、傘をさした北村が到着
○舞台上の弓美の熱演
○小劇場の手前、雨
黒木と黒服たちが、待っている。
黒いバンが停めてある。
千恵、黒木たちと視線を交わす。
○小劇場の前庭、雨
バン、と扉がひらき、客が帰ってゆく。
劇団員達が見送る。
人の流れに逆らって、千恵がやってく
る。客足を邪魔しないように、脇へ。
人の流れを挟んで、北村と対峙する。
千恵 「…」
北村、ビデオカメラを出す。
北村 「牢屋からは、金をつんで出してや
る」
千恵、ハードディスクを見せ、出刃包
丁を出す。
北村、醜く笑い、録画をはじめる。
背後で見張る黒木たちに、気づいてい
ない。
客が全てはけて、劇団員達が扉をしめ
ようと。
体の後ろに出刃を隠し、最後尾の弓美
に千恵が声をかける。
千恵 「弓美さん」
立ち止まり、振り返る弓美。
ドーンと、重い扉がしまる。
弓美 「来るなら言ってくれれば」
北村はファインダーを凝視。
北村 「(独り言)いいぞ。…ひきつけろ。
…もっと近くだ」
千恵は傘を捨て、出刃を出す。
北村 「(独り言)バカ! 早い!」
千恵 「あなたなんかいなければ良かった」
弓美 「…それは、芝居用の小道具じゃない
わよね?」
千恵、自分の左腕を軽く引き、血を流
す。雨と血が混じり合う。
そこへ、撤収中の梨花が登場。
梨花 「ちょっと…何やってんの!?」
千恵、驚く。弓美、梨花に、
弓美 「落ち着いて。痴情のもつれよ」
梨花 「…警察! 警察、呼ばな!」
ひるむ千恵、弓美。計画が違う。
千恵は決心し、弓美に体当たりする。
梨花 「危ない!」
梨花は弓美をつきとばす。転ぶ弓美。
梨花の腕に出刃が当たり、流血。
梨花 「誰か! 誰か!!」
扉を開け、藤岡他劇団員たちが。
藤岡は思わず、血を流す梨花の元へ。
弓美は苦笑して、ふっきれる。
弓美 「…決着をつけましょうよ!」
千恵 「…」
千恵は弓美に馬乗りに。
抵抗する弓美の手を振り払い、振りか
ぶって胸を一突き!…しかし、北村の
角度からはよく見えない。
北村 「見えない!…」
ファインダーから顔を上げた瞬間。
黒服たちが両脇を固め、北村を拘束。
北村 「なんだよ!! 離せっ…!」
千恵 「(顔を上げ、北村に微笑む)」
包丁は刺していなかった。
黒木 「(拍手)いい芝居だった」
北村 「…だましたな! だましたのか!」
黒木 「本気で刺すのかと思ったよ」
千恵 「…本気で刺したらどうなるか、
ちょっと考えちゃったけど」
暴れる北村。腕力では勝てない。
千恵 「…(弓美に)いい台本だったわ」
弓美 「はじめて最後まで書いたわよ。(梨
花を見て)計画にない闖入者がいたけど」
千恵 「人生は、アドリブだから(笑う)」
弓美の手を引く千恵。
ぽかんとする梨花、藤岡他劇団員。
黒いバンに、北村は押し込まれる。
北村 「…千恵!」
振り返る千恵。
北村 「…なんで俺じゃダメだったんだ?
エリートコース、テレビにも出てる、いい
クルマにいいマンション、何が問題だ?」
千恵 「私は、司郎とだったらホームレス
だって一緒にやる自信がある。…あなたは
昔から外側の話ばかり。中身の話がない」
北村 「中身ね。ははは。…中身は、どこで
売ってるんだろうね(自虐的に笑う)」
千恵 「たとえあなたに先に出会っても、私
は司郎と付き合う運命だったと思う。世界
中を敵に回しても、私はたった一人の彼の
味方。果物を持って帰る、二足歩行のサル
になるの。私は、…風間司郎の妻です」
かばんからハードディスクを出す。
千恵 「割れるものは、大事にしないとね」
と落とす。地面で、パーンとひびが。
北村、制止を振り切り、ハードディス
クを奪おうと。が、手がすべり、ハー
ドディスクは車道に飛び出す。
千恵 「!」
咄嗟に拾おうと…
弓美の悲鳴。
迫る車。
車、咄嗟にハンドルを切る。
そのタイヤがハードディスクを踏み、
粉々にする。濡れた路面で大きく滑る
その車。横転。
それを避けた別の車が、急ハンドルを
切り…
ドン、という重たい音。
宙に舞う千恵の体。
再び捕えられる北村。
粉々になったハードディスク。
確認して、微笑む千恵。
暗転。
○ホテルの部屋
ケータイの着信音がずっと鳴っている。
司郎、起きる。
机の上の走り書き。
『蘭をたのむ』と。
司郎 「ああ。…あの日だ…ここはあの日だ
…。この電話に出たら駄目だ…あの報せが
来るんだ…」
ケータイは鳴り続けている。
ついにケータイを取る司郎。
電話の声「川端警察ですが。落ち着いて聞い
て下さい。奥様が、事故に…」
司郎 「うわあああああああああああ!」
と倒れ込む。
○イメージ、坂の下
坂の上で、千恵が手を振っている。
坂の下の司郎。額から、毛糸のような
ものがのびている。糸の先には、老人
がいて(シルエットで顔は分らない)。
その額につながっている。
老人は微笑み、ハサミで切る真似を。
と、二人をつなぐ糸は切れ、消える。
司郎に手を振り、坂の上に向かう老人。
坂の上で手を振る千恵。
司郎はあたりを見回す。
○再び、ホテルの部屋
電話の声「もしもし! もしもし!」
倒れていた司郎、目を開ける。
電話の声「大丈夫ですか! お気を確かに」
司郎 「あ…はい(意識が定まらない)」
電話の声「奥様が事故にあわれました。搬送
先の病院は…」
司郎 「…(慌てて起き上がる)はい?」
○病院、手術室に向かう廊下
千恵を乗せたストレッチャー。
○病院内、主治医の説明を受ける司郎
主治医「術式中に命を落とす危険もあること
を御承知下さい。ここに判子を」
司郎 「責任逃れしてんじゃねえよ! いい
からはやく!」
暗転。
○一週間後、深夜、ICU
人工呼吸器の、規則的な機械音。
沢山のチューブにつながれた千恵の体。
まぶたをテープで止められている。
やつれた司郎は、今日も話しかける。
司郎 「ちー坊。はやくウチに帰ろうよお。
いつまで寝てんだよ。もう一週間だよ?
涙出なくなって目乾くからってテープ貼ら
れちゃったじゃねえか。ここはふっと目を
開けて、『どれくらい寝ていた?』『馬鹿
野郎心配させやがって!』『しーちゃ
ん!』『ちー坊!』ヒシッブチューすぱー
んすぱーんすぱーん『看護婦さん来ちゃう
ううう』の流れの所だろうが」
窓の外は、雨が降りはじめる。
司郎 「(窓の外を見て)嫌だなあ…雨だよ
…気圧が下がってさ…」
隣に、千恵が座る(肉体はチューブで
つながれているので、これは千恵の魂
である)。微笑む千恵の魂。
心拍数のメーターが、0になったり1
00になったりする。
司郎 「ちー坊! ちー坊! 看護婦さん呼
んでくる!」
走ってゆく司郎。心拍数は0に。
魂の千恵は、自分の体を見ている。
○後日、二人の部屋
布団の中で目を開ける司郎。
司郎 「…おはようちー坊」
頬を触ろうと手を伸ばす司郎。
その指の先には、千恵の遺影。
骨壷と祭壇。
司郎 「…」
起き上がり、窓を開ける。
ふすまを開けても誰もいない。
部屋の隅に座り、動かない司郎。
夕になり、夜になり、夜明けになる。
(以前のシーンと同じである)
動かない司郎。
千恵の遺影を見ている。
○街路樹の道
一人歩く司郎。独り言をつぶやく。
司郎 「うん。そう。いつもこの道を、きみ
と話して歩いてたから。…きみがいないと、
何話していいかわからない」
通行人は、つぶやく司郎を奇異の目で
見る。
通りの反対側の木の陰から、千恵の魂
が見ている。司郎と一緒に歩く。
司郎 「四十九日までは、魂はその辺をフラ
フラしてるんだって。だから、お前、まだ
いるよね」
司郎が反対方向に視線をふるので、あ
わてて逆側に行く千恵。
手帳を出し、見る司郎。一カ月近く白
紙である。
司郎 「俺さ、ショックすぎるのかな。ここ
一カ月ぐらいの記憶がないんだ。撮影すっ
ぽかしそうになった所までは、なんとな
く覚えてるんだけどさ…」
千恵、驚いて手帳と司郎を交互に見る。
司郎 「ねえ。京都に行こうよ。ついでに鳥
取砂丘まで行こうぜ。…新婚旅行に行こう
よ」
○鳥取砂丘、夕
砂丘の上で、千恵の遺影と夕日を見る
司郎。千恵の魂は、隣に座る。
○京都、鴨川沿い
号泣しながら自転車で爆走する司郎。
籠の前に千恵の遺影。
千恵の魂は、後ろに乗っている。
○京都、千恵の元下宿の前
千恵の魂が隣に。
司郎 「電話代がもったいなくて、窓が開く
のを待ってた。知ってる? こっから、君
が動いてるのが見えたんだ」
司郎、石を拾う。
千恵 「…言ってよね。そういう、細かい所
も。少しでも、しーちゃんが私を好きだっ
て、私は知りたいのに」
司郎には聞こえていない。
石を投げる司郎。窓に当たった石は跳
ね返り、千恵のところへ飛んでくる。
千恵が思わずよけると、石は、後ろに
あった電柱にくくりつけられた芝居の
告知に当たる。
司郎 「ん? …ああ! まだこの界隈に
残ってたんだ!」
『折田弓美 独立第一弾 一人芝居』
司郎 「ちー坊、お前、いるね? こんなの
引けるの、お前だよね?」
苦笑いする千恵。
司郎 「ねえ。…君の夢を、見たよ」
千恵 「…」
司郎 「台所でさ、君が生きてて俺が超びっ
くりすんの。『生きてたのか!』って。で、
思わずマグカップ割っちった」
千恵 「…(驚く)」
司郎 「でさ、踊り場で踊ったんだ。あれか
ら結局、一回も踊ってなかったじゃん。こ
う…こんな感じで…」
一人で、ぎこちないダンスを踊る司郎。
千恵は、涙が出てくる。
千恵 「わかったよ。全部わかったよしー
ちゃん」
司郎 「次に見た夢はさ、ふすま開けたら君
と北村がいてびっくりした」
千恵は淑女のようにダンスの挨拶をし、
司郎の腕の中に入る。
千恵 「逆だったんだ。全部逆だったんだ。
…司郎の能力は、未来に行くんじゃなくて、
夢の中で過去に戻るタイムスリップ」
○イメージ、二人の部屋
一人寂しく取り残される千恵。
机の上のウサギとカエルを眺めている。
倒れたウサギよりはるか遠くに、カエ
ルの頭。それを取り、生きていた頃の
ウサギの隣にいる元の胴体に戻す。
千恵 「…」
部屋の奥の光差す所から司郎が現れ、
千恵の向かいの席に座る。
たくさん持ってきたカエルの人形を、
倒れたウサギのそばに一列に並べる。
千恵 「?」
司郎は微笑み、倒れたウサギの一番そ
ばのカエルを、生きていた頃のウサギ
の隣へ。
押し出された形で、元いたカエルはウ
サギの後ろ側、つまり過去に置かれる。
× × ×
序盤のフラッシュ。
司郎 「? 撮影は3日前にやったじゃん」
司郎 「これ3日くらい前の録画でしょ?」
司郎 「だから俺は今、過去にいるんだよ」
司郎 「晴れてる」
× × ×
新しくウサギの隣に来たカエルの人形
は、笑った顔だ。
× × ×
フラッシュ。
司郎 「よかった!! 生きてたあああ!」
× × ×
千恵 「つまり…未来の司郎が、過去に来て
たってこと?」
司郎は、(未来の)倒れたウサギのそ
ばから順番に、カエル達を(過去の)
生きていた頃のウサギの周りに移動さ
せる。
× × ×
フラッシュ。ふすまを開ける司郎。
司郎 「ちー坊! 生きてたのか!」
膝枕に甘える司郎。
× × ×
千恵 「ねえ。言いなさいよ。何の為に?」
真意の分った千恵は、司郎の顔を見る。
司郎はほほえむ。
司郎 「何度でも、何度でも」
千恵 「何度でも何度でも…?」
生きていた頃のウサギの周りは、未来
から来たカエル達でいっぱいになる。
司郎 「きみのところへ帰る」
涙でくしゃくしゃになる千恵。
○今までの場面が走馬灯のように
ランチアンド映画、パスタ屋の砂漠の
写真、ビバ風呂。弓美が部屋に来た日。
うしろから抱きしめる。夜行列車、鳥
取砂丘、二足歩行のサルの話をした朝。
ホテルでした膝枕。
○千恵の元下宿の前
涙が止まらない千恵。
千恵 「私の方からつきあってって言った
じゃない? …ずっとずっと不安だったの。
私がただ一方的に司郎を好きなんじゃない
かって。私の持ってくる果物は迷惑なん
じゃないかって。…ぜんぜんそうじゃな
かったんじゃん。…司郎は、私に会いたか
ったんじゃん」
お互いに見えない、聞こえないのに、
二人の踊りの呼吸はぴたりと合ってい
る。
司郎 「夢で会えてよかった」
千恵 「これから、何度でも何度でも、夢で
会えるよ?」
司郎 「君に会えてよかった」
千恵 「これから、帰って来る時は電話ぐら
いしてよね?」
司郎 「…」
千恵 「?」
司郎 「うん。わかった」
千恵の声が聞こえたのか、それは司郎
にしかわからない。
握れない手を握る千恵。抱けない肩を
抱く司郎。さわれない胸に顔をうずめ
る千恵。
二人のぎこちない踊り。
それは永遠のダンス。
千恵は、司郎にキスをする。
暗転。
○数年後、二人の部屋
光の差す部屋。
ガラリと扉をあけ、弓美が。
弓美 「…お邪魔、します」
司郎 「ようこそこの部屋へ。…あ、でも、
あいつが女の人が入るのを嫌がるかな」
弓美は、少し距離をおいて座る。
司郎は、ピンクの花の咲いたマグの蘭
を手に、霧を吹いている。
司郎 「ずっと謎だったんだ。なんで胡蝶蘭
なのかって。蘭の女王っつったらカトレア
だし、デンドロとか初心者向けの蘭だって
いっぱいあるし。…沢山拾ったって偶然も
あるけど、あいつが胡蝶蘭にこだわったの
には意味があったと思うんだ」
弓美 「…」
司郎 「答えはね、多分花言葉だよ。あいつ
絶対知ってたね」
はじめてカメラが窓側をうつす。
窓一面の蘭たちが、ピンクの花で満開。
司郎 「胡蝶蘭の花言葉は、…『あなたを愛
します』」
部屋一杯に、無数に咲くピンクの花。
千恵がこつこつ救ってきた、部屋中の
胡蝶蘭の満開の花。
光あふれる窓際の真ん中に、マグの蘭
を置く司郎。
司郎 「俺絶対、何度でも何度でも…何度で
も、咲かせる」
大きな窓の、古い六畳ふた間。
どの花にもどの花にも、千恵のことば
が咲いている。
(了)
もくじに戻ります:
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