俳文「何が怖い」
落語に「饅頭こわい」という演目がある。長屋の連中が集まって、自分の苦手なものを言い合っている。演ずる人にもよるけれども、蛇とか、おけらとか、蜘蛛とか、蟻とか、さまざまな怖いものが披露される中で、一人だけ自分には怖いものなどないとうそぶくのがいた。それでも強いて言わせると、おずおずと「饅頭が怖い」と打ち明けるが、怖いものの話をしたら寒気がしてきたと言い、布団をかぶって寝てしまった。そこで他の者はからかってやるつもりで、饅頭をどっさり買い込んできて布団の中に放り込む。饅頭嫌いの男は、「怖い怖い」と騒いでいるが、急に静かになる。心配になって布団をめくると、男は饅頭を次々と平らげているところだった。怒った仲間から、お前が本当に怖いものは何だと詰め寄られると、「うん。饅頭をたくさん食ったから、このへんでお茶が怖い」と答えてオチとなる。
確か小学校1年生の時だったと思うが、ふと母から、何が怖いかと尋ねられたことがある。その時に、二つのことが口をついて出た。一つ目は宇宙である。自分が生活をしている地球は、太陽を中心としたシステムの中の惑星の一つに過ぎず、その太陽系全体は、天の川銀河の一部として自転している。その天の川銀河ですら、宇宙空間に無数に存在する銀河の一つでしかない。その果てしなさが怖かったのだ。アポロ11号の世代であるから、真っ暗な宇宙空間を実際に目にした経験があったからかもしれない。
もう一つは数である。数はただ並べていくだけで、いくらでも大きな数、小さな数を作ることができる。どこで知ったか知らないが、「無限」という考え方をこの時から意識していたようだ。後で知ったことだが、数が無限であることを説明するのに、最も大きな数を想像してみるという方法がある。最も大きな数を思い浮かべたら、その数に1を足してみる。すると「最も大きな数プラス1」という数が出来上がり、この数が最も大きな数になる。だから、数には限りがないというものだ。
宇宙と数が怖いと母に答えた後、こう付け加えたと記憶している。
「宇宙にはもしかしたら果てがあるかもしれないけど、数には絶対終わりがないとわかっているから一番怖い」
銀漢や円周率がおそろしく 俄風
