嵐ラストライブで寂しいゆうと、親から受け継いだつむぎ| ゆうのひとりごと
昨日、嵐の解散コンサートがありましたね。
配信もあったみたいやけど、私は見ていません。
それでも朝の情報番組でその話題を見ていると、なんだか不思議な気持ちになりました。
大ファンというわけではないんです。
CDを全部持っていた訳でもないし、コンサートに行ったこともありません。
それでも寂しい。
なんでやろうなと思いました。
たぶん、私たちの世代にとって嵐は「好きな人だけが知っている存在」ではなかったからやと思います。
テレビをつけたらいる。
ドラマを見たら出ている。
バラエティを見たら笑わせてくれる。
気がつけば当たり前のように生活の中にいた存在でした。
だから特別なファンじゃなくても、解散という言葉を聞くと少し胸がきゅっとなるんですよね。
そんなことを考えていたら、ふとつむぎちゃんの顔が浮かびました。
そういえば、つむぎちゃんは23歳。
私とは世代が違います。
嵐についてどう思っているんやろう。
気になって電話してみました。
「もしもし、ムギちゃん?」
「ゆうさん、こんにちは」
元気そうな声が返ってきます。
「ムギちゃん、嵐好きなん?」
すると返事はすぐでした。
「はい!大好きです」
その勢いに少し驚きました。
「でも世代違うやん?」
そう聞くと、つむぎちゃんは笑いながら教えてくれました。
「母が好きだったんです。車に乗るとよく嵐が流れていて、私も妹も自然と覚えちゃいました」
「なるほどなぁ」
私は思わず納得しました。
私たちの世代は、自分たちの青春として嵐を見てきました。
でも、つむぎちゃんたちは違います。
親が好きだったものを、一緒に聴いて好きになった世代なんですね。
なんだか面白いなと思いました。
音楽って、その時代だけのものじゃないんやなって。
親が好きだった曲を子どもが好きになる。
子どもが大人になっても、その曲を覚えている。
そうやって受け継がれていく。
考えてみれば、私たちもそういう経験がありますよね。
親が口ずさんでいた歌を、気づけば自分も知っていたり。
昔のドラマや映画を、親の影響で好きになったり。
好きの形は違っても、誰かから受け取った思い出は案外たくさんあります。
嵐も、そんな存在になっているのかもしれません。
私にとっては青春の風景の一部。
つむぎちゃんにとっては、お母さんとの思い出の一部。
同じ嵐なのに、見えている景色は少し違う。
でも、どちらも大切な思い出なんですよね。
解散はやっぱり寂しいです。
けれど、たくさんの人の記憶の中に残り続けるグループなんやろうなと思います。
世代を超えて愛される。
それは簡単なことではありません。
だからこそ、改めてすごいグループだったんやなと感じました。
今朝、情報番組をみてそう思いました。
みなさんは、親の影響で好きになったものってありますか?
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