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桜美咲のひとりごと「昔の母と、今の母世代の話」

うちの家は、正直ちょっと厳しかった。

門限もあったし、言葉づかいもうるさかったし、
「なんでそんな細かいとこまで?」って思うこと、いっぱいあった。

小さい頃は、それが当たり前やと思ってたけど、
周りの友達の話を聞いてるうちに、
「あれ、うちってちょっと厳しいんやな」って気づいた。

テレビの時間も決まってたし、
宿題終わるまで遊びに行かれへんし、
テストの点数が悪かったら普通に怒られる。

今思えば、めっちゃ普通のことなんかもしれへんけど、
その時の私は、けっこう窮屈に感じてた。

なんでこんなにうるさいんやろ。
なんでそんなにちゃんとさせたいんやろ。
なんで、もうちょっと自由にさせてくれへんのやろ。

そんなことばっかり思ってた。

でもな、

大人になって、いろんな人を見るようになって、
ちょっとずつ分かってきたことがある。

「母って、ずっとちゃんとしなあかん人やったんやな」って。

今の母世代の人たちって、
なんていうか、抜けたらあかんっていう前提で生きてる人が多い。

ちゃんとご飯を作って、
ちゃんと家を回して、
ちゃんと子どもを育てて、
ちゃんと世間に迷惑かけへんようにして。

そのちゃんとの重さが、今になってわかる。

当時の私は、それを「うるさい」としか思ってなかったけど、
あれって多分、「責任」やったんやと思う。

で、最近ふと思うねん。

赤いちゃんみたいな人見てると。

あの人、一見めちゃくちゃ自由やねん。
言うことも軽いし、ふざけるし、
距離感もなんか柔らかい。

でもな、

よう見てたら、ちゃんと人のこと見てるし、
ちゃんと空気読んでるし、
ちゃんと外さんラインは守ってる。

あれ、すごいなって思う。

昔の母は、ちゃんとすることを前に出してた。
今の母世代は、ちゃんとしながら、緩く見せる。

この違い、めっちゃ大きい。

昔は、「ちゃんとしなさい」がそのまま言葉やった。
今は、「まぁええやん」って言いながら、ちゃんとしてる。

同じことやってるのに、見え方が全然違う。

正直な話、

ちょっと羨ましいと思う時もある。

もしあの頃、もう少し柔らかい言い方で、
もう少し余白のある関わり方やったら、
私はもっと素直に受け取れてたかもしれへんなって。

でもな、

それでもやっぱり思うねん。

あの厳しさがあったから、
今の自分があるんやろなって。

ちゃんと挨拶するとか、
人に迷惑かけへんようにするとか、
最低限のラインを守るとか。

そういうの、全部あの時に叩き込まれてる。

優しさって、やわらかい言葉だけやないんやなって、
今なら分かる。

ただな、

もし今の私が、誰かに何かを伝える側になるなら、
ちょっとだけ変えたいとも思う。

同じちゃんとでも、

ちょっと笑いながら言えたらいいなとか、
逃げ道を残しながら伝えられたらいいなとか。

そういうのを、赤いちゃん見てると思う。

あの人、なんかずるいねん。

ちゃんとしてるのに、
ちゃんとしてない風に見せるの、めっちゃうまい。

で、気づいたら周りもちゃんとしてる。

あれ、多分、今の時代のやさしさなんやと思う。

押しつけへんけど、ちゃんと伝わるやつ。

昔の母のやり方と、
今の母世代のやり方。

どっちが正しいとかじゃなくて、
ただ時代に合わせて、形が変わってるだけなんやと思う。

でも、

どっちにも共通してるのは、たぶんひとつで。

「ちゃんと育ってほしい」って気持ち。

それだけは、ずっと同じなんやろなって。

そう思ったら、

あの時ちょっと怖かった母の言葉も、
今ちょっとだけ、やさしく聞こえる気がする。

……まぁ、今でも言い方きつい時あるけどな。

そこは変わらへんのやって、ちょっと安心したりもする。

結局、母は母やし、
私は私のままやし。

でも、

その間にある距離は、
昔よりちょっとだけ、やわらかくなってる気がする。

そんな4月の日曜日。

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