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ロボット服 #せりふ三題噺

 小学生の息子と一緒にスーパーへ買い物に行った。春の色満載の桜餅に目が留まる。美味しそう。
「これ美味しそうだね!」
息子が言う。私の食べたそうな様子に気がついて、親切にもこう言ってくれる。
「そうだよね、美味しそうだよね。今日のおやつ、これにしようか」
「うん!」
私は桜餅を取って、カゴに入れる。夕飯のおかずに使う食材なども色々買って、レジでお金を払う。サッカー台で買ったものを袋に詰めていると、息子が台の横に置いてあるダンボール箱のストックを見つけた。いつも置いてあるものだから珍しくはないはずだけど、息子は何かをひらめいたらしく、急にピカーンと目を輝かせた。そしてくるっと私を見た。
そのキラキラした目はいったい何だ?
「お母さん、このダンボールもらっていいの?」
「それはね、買った荷物を持って帰る人のためのダンボールだからだめ」
息子は一瞬がっかりしたけど、でも諦めきれない様子で、もう一度私を見た。やはり目は輝いている。そして、真剣さが増している。
「お母さんお願い。このダンボール、ひとつでいいから、もらって帰りたい」
「一体何に使うの?」
「作りたいものがあるの」
「何を作るの?」
聞いても、息子は教えてくれない。けれどその顔はワクワクを隠せないでいる。そして目の奥が真剣だ。
「……しょうがないな、今回だけだよ」
私はスーパーの店員さんに事情を話し、ひとつ譲っていただけませんかとお願いした。店員さんは笑って、
「たくさんあるから、構いませんよ」
と、快く承諾してくれた。
「本当にすみません、ありがとうございます」
とお礼を言い、息子にも頭を下げさせた。というか、息子は嬉しそうに、私が言う前にお礼を言って頭をぺこりと下げて、ダンボールの物色を始めていた。

 息子は割と大きめのダンボールを選んだので、持って帰るのがちょっと大変そうだ。私は買い物の袋を両手に下げていたのでダンボールにまで手がまわらない。けれど、いくら畳んだ状態だとは言ってもそれなりに大きなダンボールを、小さな体で抱えて、嬉しそうに歩いている息子はちょっとかわいい。一体何を作るんだろうとちょっと楽しみになってきた。
 家に着いて荷物を片付けて、一息ついてお茶を入れた。そして息子を呼んだ。
「おやつ食べよう、桜餅」
息子は飛んできた。だいぶお腹が空いていたようだ。座って美味しそうに桜餅を食べているのだが、ちょっと心ここにあらずな感じがする。頭の中はきっと工作の設計図でいっぱいなのだろう。
 食べ終わった息子は、リビングでダンボールを広げた。
「お母さん、ここでやっていい?」
「いいよ。厚いから切るの気をつけてね」
「大丈夫。学校で切り方教わったから」
「あらそうなの?」
見ていると、息子はダンボールを体に当てながら、鉛筆で印をつけて、それからカッターマットの上に置いて、少しだけ刃を出したカッターと定規で慎重に切っている。カッターを使うのは危ないかなと思っていたけど、これなら怪我しなさそうだと、ちょっと安心した。
 しばらく見ていたら、眠くなってきた。桜餅が美味しすぎたのかもしれない。食卓でとろとろと眠ってしまった。

「お母さん、起きて」
息子の声で目を覚ますと、もう夕暮れ時だった。見ると、そこには息子と同じくらいの大きさのロボットが立っていた。
「あら、ダンボールでロボット作ったの。上手じゃない。良く出来てる」
「へへん」
息子は得意げにポーズをとってみせる。シャキーン!
 何ロボットか分からないけど、なかなかかっこいい。カッターも怪我なく使い終わったようだ。でも、いつの間にか色まで塗って、そんなに時間があったかなぁ……
「あっ、いけない、夕飯の支度もしなくちゃ」
「お母さん、お母さんもこれつけて!」
息子はリビングからロボット部品をもう一つ取ってきて、私に差し出した。あのダンボールで、こんなにたくさんロボット部品をよく作れたね? 息子、天才か? そして、このキラキラした目を私は無視できなかった。なんだか楽しくなってきた。
「ちょっとだけだよ」
と言って、私はダンボールのロボット部品を体に付けた。手に通して、足も通して。胴体は体に巻きつけていちいちセロテープで貼るという簡単なものだけど、なかなかよくできている。
「とうーっ!」
「来るか!」
なんて適当にロボットごっこに付き合った。楽しかった。で、そろそろ本当に夕ご飯の支度に取り掛からないと、やばい時間になってきた。
「お母さん、そろそろ夕飯作らないといけないから、また後でね」
と言って、ロボットの部品を外そうとしたが、止めているセロテープが取れない。どうやっても取れない。カッターでテープを切ろうとしても、切れない。
おかしい。おかしいぞ。
「おかしいな、脱げなくなっちゃった。こんなことってある?」
「別に脱げなくてもいいじゃん。そのままご飯作れば。かっこいいよ」
呑気な息子だなぁ。
「ご飯作るのにかっこよくなくてもいいんだけどなぁ……」
そう言いながら、脱げないものは仕方がないので、私はロボットのままご飯を作った。幸い、腕の部分は上腕だけだから、洗い物に困ることはなかった。

 帰宅した夫は案の定、私の格好を見て、大笑いした。
「脱げないんだから仕方がないでしょ。そんなに笑わないでよ」
「でもお前、いくら脱げないからって、風呂はどうするんだ? そのまま寝るのか? パートは?」
私は言葉に詰まった。そうだ、パートに行けないと困る、非常に困る。だがとりあえずご飯だ。
 笑いをこらえきれない夫が食卓につき、息子は意気揚々とロボット服を着たまま食卓についた。私はロボット服のまま配膳を済ませ、ロボット服のまま食卓についた。ロボット服のまま夕飯を食べる母と息子。笑いをこらえながらご飯を食べる夫。
シュールだ。シュールすぎる。
ロボット服のまま、大好物のハンバーグを嬉々として食べる息子。幸せの絶頂だろうな。
「おい息子、一緒に風呂に入るか?」
「うん、いいよ」
食べ終わった二人が風呂場に向かう。息子よ、そのロボット服脱げるのか?
 ところが息子は、ちゃんとロボット服を脱いでいる。脱いできれいに畳まれたロボット服が、脱衣所に置いてある。どうやって脱いだんだろう? 風呂から上がってきた息子は、またロボット服を着ている。風呂上がりでホカホカなのに、ロボット服を着てさらにホカホカになっている。
 最後にお風呂場に向かった私は、ロボット服のセロテープをバリバリと剥がしてみた。なんと、普通に簡単にセロテープが剥がれて、ロボット服を脱ぐことができた。
「ああ、よかった……」
うっすらと涙が滲む。これでロボットのままパートに行かなくて済む。私は湯船で、これ以上ないくらい安堵していた。そして、つい長湯になってホカホカになってしまった。
 脱衣所で体を拭き、パンツを履いて、Tシャツを着た。ここまでは良かった。ところが、パジャマのズボンを履こうとして足を入れようとしても、なぜか足がズボンの中に入らない。入らないというか、ズボンの足のところを目がけて足を下ろしているはずなのに、足がつるっとそこを避けて、何も履かないまま床にダンと足をつく。もう一回やってみても、ズボンを持っている手がつるっとズボンを離してしまって、またも私の足はズボンを履かないまま、素足のままダンと床に足をつく。何回も床にダン、床にダンを繰り返し、私はいつまでもズボンが履けなかった。なんということだ。私は頭がおかしくなったのだろうか?
 そう思いながら、とりあえず上だけでも着ようとパジャマの上着に袖を通そうとした。しかし、袖も同じように、腕が通り抜けるのを断固として拒否する。一体何なら着れるんだ?

私はロボット服に目をやった。まさかロボット服なら着れるのか。

 恐る恐る私は、ロボット部品の胴体を体に当ててみた。すると、ロボット部品の胴体は、今度はセロテープなしで体の周りでぴたりと己の体勢を整えた。
「セロテープなしでいけるんか!」
私はあきれた。さっき脱ごうとした時は、セロテープがどうしても切れなかった。風呂に入ろうとした時は、いとも簡単にセロテープが剥がれ、今度はセロテープなしでどうやってくっついているのかわからないが、私の胴体を綺麗にこのダンボールのロボット部品が覆っている。まるで意思があるかのようだ。
 ロボット部品を手にとって足を通してみると、するりと足が入り、定位置でピタリと止まっている。ロボット部品の腕も同じように、私の上腕をきれいに包み込んだ。おかしい。絶対に、おかしい。
「パンツとTシャツ一枚でうろうろ歩き回るわけにもいかないから、とりあえずロボット服で明日まで過ごすか……ああ」
私は仕方なくロボット服のまま顔に化粧水をつけて髪を乾かし、ロボット服のまま寝室へ向かった。
 こんなダンボールを着たまま布団に入るなんて、さぞ寝づらいことだろう。
ガサガサ、ガサガサ。
寝返りは打ちにくいし、ダンボールの音はするし、よく眠れなかった。

 翌朝、台所で朝食を作っていると、息子がダンボール服のまま起きてきた。
夫も起きてきた。
夫は二人がまだダンボール服なのを見て呆れていた。
「お前そのまま学校に行くのか?」
「うん、そうだよ」
「怒られるんじゃないのか?」
「わかんない。だけど怒られたら脱ぐよ」
脱げるのか? と私は思った。
「ねぇ、息子。それ脱げるの?」
「うん、脱げるよ」
「じゃあ、なんで着たままなの?」
「着てたいからだよ。お母さんだって、着たままじゃん」
「お母さんは、他の服が着られないから、仕方なく着てるの!」
「他の服が着られないってどういうこと?」
息子がそう尋ねる。私は、ゆうべパジャマが着られなかった様子を、ジェスチャーを交えて説明してやった。
「えー、面白い。見たかった」
「見せてたまるか! 早く学校に行けぇ」
息子は、身の回りに面白いことが起こってワクワクしているのを隠しきれない様子で学校に行った。
少しくらい同情してくれてもいいはずの夫は他人事を決め込み、
「無理しないでパート休んだら」
とぽつりと言って、それから会社に出かけていった。
「無理しないでって何だ!!」
私は誰もいないリビングで叫んだ。
 ダンボールのロボット部品を体にくっつけた中年女が、リビングで一人で怒りの叫びを上げている。はたから見たら、さぞ面白いことだろう。

 学校から帰ってきた息子にくっついて、クラスの友達が遊びにきた。息子の友達は私を見て、
「本当だ!お母さんもロボットになってる!」
と驚きの声を上げた。私は息子の友達を怒鳴りつけることもできず、苦笑いして、息子をちょっと睨んだ。息子はペロッと舌を出して、
「お母さん、おやつお願い」
と言って、リビングでロボットごっこを始めた。
「僕もそのロボット服欲しいな、作ろうかな」
と友達は言っている。私はすかさず、
「友達くん、作るなら自分の分だけにするんだよ」
と口を挟んだ。
「どうして?」
「脱げなくなるから。脱げなくなったら買い物にも行けないし、仕事にも行けなくて困るのよ」
「えっ、脱げないの? 脱がないんじゃなくて、脱げないの?」
と友達くんが驚いて目を丸くした。私は再び、昨日の、お風呂場で服が着られない様子をジェスチャーを交えて説明した。友達くんはポカンとして聞いていたが、
「それは大変だね」
と言ってくれた。だけど所詮、子供だ。こんな異常事態をそれほど大変だとも思っていないらしい。友達くんは以前から時々遊びに来ていたし、変わらず遊びに来てくれる。そして私のロボット姿を普通のこととして私に接してくれていた。私としては、この友達くんにだいぶ救われていたところがある。

 ロボットと化してから数日間、私はパートを休み、買い物は息子に頼み、なるべく外に出ない生活をしていた。しかし、パートをあまり休みすぎるとクビになってしまうという現実的な問題があった。
 私は覚悟を決めて、ダンボール部品をなるべくぎゅうぎゅうに潰して肌にぴったりとフィットさせ、テープで留めて、その上からぶかぶかの服を着込んで出勤した。
「ど、どうしたんですか、その変な服」
いくらダンボール部品をぎゅうぎゅうにフィットさせて服で誤魔化そうとしても、不自然極まりないのはわかる。体中にギプスを付けてるようなものだ。
「大怪我じゃない!」
とも言われた。私は大怪我じゃないことを証明するために、事情を説明し、パジャマを着られなかった様子をまたもジェスチャーし、ロボット部品をちらっと見せた。同僚たちは何とも言えない表情になって、
「た、大変ね」
と言ってくれた。『休んだ言い訳なら、もっとマシなことを考えつきそうなものだけど、そうでもないってことは、これは本当なんだろうか。でもそんなこと、考えられない』。こんなふうに同僚も上司も困惑していた。困惑していたが、私が真剣に説明するので、みんなの方針としては、ここは見ないふりをしよう、彼女は普通だという態度で行くことになったらしい。そう、仕事に支障があるわけではない。接客業なら問題だが、私の業務は事務だから。電話が取れて、パソコンのキーボードが叩ければ、それでいいのだ。
 私は、自分の困惑する心を誤魔化すように仕事に集中した。そのおかげか、ロボット服で出勤するようになってからの私は、それまでの1.5倍くらいの量の仕事をこなせるようになった。評価が上がり、時給もちょっと上がった。そのうち、私のロボット服にも皆慣れてきたようだった。
なんてこった。

 こんなロボット服の生活を一ヶ月ほど送った頃、ロボット服は自然の摂理としてそれなりにボロくなってきた。これを着続けていたらいつか壊れて外れちゃうだろうな、と考えていた。そんなとき、ロボット服の方も自分でここまでだって分かったらしく、ある時スルリと自然に脱げた。
 そうなると、一ヶ月間常に私の体にくっついて私を困らせたこのロボット服が、愛おしく思えてくるのだからおかしなものだ。息子も自分のロボット服を着続けていたが、同じようにもう着れなくなっていた。

 親子二人分のロボット服はボロボロになって、床に並んでいた。
「こんなにボロボロだから捨てるしかないね」
私が言うと、息子は
「そうだね、ちょっと残念だけど、もういいよ」
と言った。意外にあっさりしているなと思ったが、もしかしたら、彼は彼なりに、お別れを済ませていたのかもしれない。だって、かなり寂しそうな顔をしているから。
 私がロボット服を束ねて紐をかけようとしたら、ロボット服はガサガサッとひとりでに動き出した。そして私たちに言った。
「自分たちは、行くところが決まっているから」
私と息子が、ぽかんとして動けないでいると、ロボット服たちはトコトコと歩いて、玄関から出て行った。
なんだ、これは?

 そして数日経った頃、私の携帯に電話がかかってきた。知らない番号だったけれど、なぜかどうしても出なければいけないような気がして、私は電話に出た。電話の相手はいった。
「ロボット服です。お元気にしていますか?」
「えっ、ロボット服なの?」
「はい、ロボット服です。無事に目的地に着いたので、安心してもらうために電話をかけました」
「そうなの。……ねぇ、そこ、どこ?」
「秘密です」
ロボット服はそう言うと、別れの挨拶をして電話を切った。それ以来、ロボット服から電話がかかってくることはなかった。

これは内緒だけど、ちょっと寂しくなってる。

せりふ三題噺に参加しています。

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