見出し画像

エビフライさん #せりふ三題噺

 三輪車を降りて砂場に走っていくダイスケ。砂場にはすでに仲良しの子が二人遊んでいる。三人は嬉しそうに声をあげて昨日ぶりの再会を歓喜する。
 子どもは毎日が全力だ。喜びも、期待も、好奇心も。私のようなオバさんには羨ましい限りだ。

「朝ね、屋根のとこ見たら、つららがあった!」
「えー!」
「つららってなに?」
「寒いとね、できるんだって! お父さんがいってた」
「ね、つららってどんなの?」
「んとね、屋根んとこにね、こう、棒みたいになってる」
「氷なんだよね! テレビで見たことある」

 トキオくんがつららの話をしてるけど、ちょっと変だ。ただ寒いからってつららができるわけじゃない。屋根の雪が溶けて水が滴り、それが凍ってできるのがつららなわけで、こんな雪も降らない地域でつららができるわけがない。
 可能性があるとしたら、屋根の上にデカい氷があって、それが溶けて滴ったとか? たしかに寒くはあったから、凍る可能性はあるかもしれない。でもなぜ屋根の上に氷があるのか? それとも大量の水を屋根の上にためておいたとか? 目的は? 非常用の水? 屋根の上に?
 モヤモヤとこんなことを考えていて子どもたちから目を離してしまった。その数十秒くらいの間に、子どもたちが消えていた。
 やばい、何があった? 遠くに、かけていく子どもたちと、三輪車を持って追いかける男性が見える。さっき、何が聞こえてた? 思い出せ。

――
「ねえ、ちょっと教えてほしいんだけど……」
「なに?」
「おじさん誰?」
「知らない人と話しちゃいけないんだよ!」
「そうだ、お母さんに怒られる」
「大丈夫だよ、聞きたいことがあるだけだから」
「でも! だめなの!」
「だめ!」
「逃げろ!」
「トキオくんち行こう!」
「走れっ!」
「あっ、逃げなくても……さ、三輪車置きっぱなしだし……」

「ただいま!」
「おかえりトキオ」
「助けて! 知らない人に追いかけられてるの!」
「なにっ、本当か?」
「助けて!」
「トキオくんのおじさん、助けて!」
「よし、早く中に入んなさい」
「わーっ」
「あ、あの、すみません」
「あれ、トミタさんじゃないですか。すみません、まだ準備中で」
「え、ええ、知ってます。あとでまた来ますから。それより、これ……」
「三輪車?」
「さっき子どもたちに話しかけたら急に逃げ出されてしまって」
「三輪車を置いて?」
「ええ」
「あっ! ぼくの三輪車!」
「きみのか。はい、忘れ物」
「あ、ありがとう」
「そんなに怖かったかな、俺」
「うん」
「そ、そうか……」
「すみませんトミタさん。知らない人に話しかけられても答えたりついて行ったりしちゃだめだって教えてるもんで」
「はは、それは正しいですよ、ついて行っちゃダメっていうのは」
「で、トミタさん、子どもたちに何の用事があったんですか」
「子どもたちのそばのベンチに座っていた女の人、誰かのお母さんかどうか聞こうとしたんです」
「女の人?」
「そうです。髪にパーマかかってる」
「この子たちのお母さんではなさそうですね」
「そ、そうですか……じつは、子どもたちが公園で遊ぶのを毎日見ている人がいるって聞いて」
「でも、女の人なんでしょ? 町内会の誰かじゃないですか? 子どもたちを見守ってくれてる」
「まあ、それもありえますけどね」
「おい、トキオ。公園のベンチに女の人座ってた?」
「うん」
「誰かのお母さん?」
「ううん」
「知ってる人?」
「うん。エビフライさん」
「え? エビフライ?」
「それいけエビちゃんに出てる人!」
「……それいけエビちゃんって、アニメだよな? 一緒に見てるやつ」
「うん!」
「だっておんなじだったよ! 黄色いモコモコ着てた」
「その人、いつからいるの? 毎日いるの?」
「うんとね、おしょうがつのまえくらい」
「じゃあもう一ヶ月にもなるぞ」
「一ヶ月間毎日見てたってことですか」
「それって怪しすぎませんかね?」
「通報しますか?」
「一応、町内会に聞いてみてからにしますよ」
「そうですね。では、また後ほど。今日の定食はなんですか?」
「エビフライ定食です」
「ああ、いいですねぇ。楽しみだな」

 私はあわてて子どもたちを追ってきた。子どもたち、何かされたのだろうか?
しかし、聞こえてきたこれらの会話からすると、原因は私じゃないか。私は子どもたちにエビフライさんだと思われているのか。これでは恥ずかしくて顔を出せない。仕方がない、帰ろう。私はくるりと方向転換して、トキオくんの家である『トキワ食堂』に背を向けた。

 私はこの町内の古い住人である。トキワ食堂のご主人が町内会に問い合わせたらすぐにわかることだ。トミタさんは最近越してきたから、定食屋さんは知っていても、ただの町内の人の顔は知らないのだろう。私はただ、歳を取って暇だから、公園に来るついでに子どもたちを見守っているのだ。
 家に帰ったら、息子に調べてもらわなければ。その、エビフライさんというのがどんな風貌なのかを。アニメキャラのエビフライさんなんてきっと突拍子もない姿に違いない。ああ、ヘコむなぁ。

せりふ三題噺に参加しています。

***


いいなと思ったら応援しよう!

加賀 一(かが はじめ) よろしければ、応援お願いいたします! または、Kindle出版している短編集をお読みいただけると、とてもうれしいです! いただいたチップはその喜びをかみしめた後、生活費として大事に大事に使わせていただきます。