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躁鬱になって良かったこと。お洒落とか美容とか気にしだしたこと。

おっす、おら、躁鬱の鬱。
今日は何もやる気しないし、何も上手くいかない。

食っちゃ寝してる。

もう駄目だ〜!
迫りくる自己嫌悪!
全てに対する後悔!

何で私は躁鬱になってしまったんだよ。
運悪すぎだろ。
過去現在未来において幸福がな〜い!

みたいな気持ちになったので、あえて躁鬱になってよかったことを考えてみた。

ぶっちゃけ、最初の軽躁でやった婚活である。
あれから「コミュ障は多種多様で、めっちゃいる。私だけではない」と気付けたのは大きい。
人生を舐めだしただけかもしれないが。

あと、婚活の副産物としてお洒落に気を遣い出した。

元々、当時すっぴんで働いていい職場だったので、すっぴんだった。
服はユニクロとGUで買っていた。好きとかない。なんかシンプルなのであればいい。

パーソナルカラーを考えてコスメを買い出したのは婚活きっかけだ。
未だに多分イエベということしか分からないが。
春秋両方似合う色と似合わない色がある。冬でないことは確かということしか分からぬ。
オレンジ傾向にある色はだいたい似合うんだよの精神で生きてる。
それで考えていると言っていいのか……?

服も好きなブランドというか通販ができた。
今の時代、スタッフさんが着てる写真が複数あるので買いやすい。コーディネートも分かりやすいし。
田舎だから好きな系統の服をいい感じの値段で売ってる店がない。
ここ1年くらいで薬の副作用か、年齢のせいなのか一気に肥ったので好きな格好できないのが不満だ。
痩せねば。

それほど高い服を買ってはいないが、「服、安くなくてもいいんだ。拘りあっていいんだ」と気付いた。
原初の気づき。
結果、早川書房のTシャツを買った。
大好きな小説「1984年」のやつである。

これ。このデザイン、Rollbahnまであった。好きだったな……。
るんるんで着ている。主に気合入ってない近場の買い物とかで。
この前、信号待ちしてる時に向かいでおじさんが色違いを着ていた。四十代半ばくらいと思われる方だった。飲み会の途中らしく同年代のおじさん達と談笑していた。
人生を感じた。
「1984年」Tシャツ着てるのにコミュ強なことってあるんだなって……。
あと、私はアラサーなんだけど、そんな年齢差で性別も違うのに服って被るんだって……。
あれは吃驚したな。

話を戻して、一番、軽躁婚活関連事項で良かったことは美容院に行き出したことである。
美容院行ってなかったの!? 行ってなかったです。1000円カットでした。
躁鬱になる前、鬱状態が一番酷い時は貞子にして笑い飯西田にしてました。ガチじゃん。
なんか「良かったことって言う割に、そもそもあの……色々……なんか……未満だった……ってコト!?」ってなりそうだが、まあそうなのだ。
軽躁パワーで自己愛が多少目覚めた。
初めての美容院では軽躁の勢いでパーマ使ったウルフカットにした。
これがたいそう良かった。めっちゃ楽しかった。
それからずっとウルフカット。多少変えながらウルフカット。
美容院に行っては次の予約をし、また行っては予約をしの美容院無限ループ。担当の美容師さん付きである。
出費は少なくない。
でも、いまだ鏡を見て「えへ、えへ、漫画みたいなウルフカットだあ……」って喜べるので安いものよ。
最近肩で跳ねやすい長さになってきたので、「えへ、えへ、なんか少年漫画にこういうシルエットの敵キャラいたな……えへ……」となってる。平和。
普段はくくってるので変な髪型ってばれない。えへ、えへ、でも実は結構大胆なウルフカットなんですよお、えへ……。
美容院行って、二次元オタクの己の好みにド正直な髪型をしている。これができるようになったのは強い!

髪型が好きなものになれば、自ずと他のものも凝りたくなってくる。
結果、以前より自分に優しい生活をしている。
何故か躁鬱になる前よりも部屋と身なりはマシなんだ。
元が酷すぎたのかもしれない。鬱状態とか適応障害とかって診断名ついてたけども。

躁鬱って完治はしない病気になって、自分で選んだとは言え精神障害者になって、私の人生は不正解だらけなんだなあ。不幸なんだろうなあ。
そんなことを思う。

でも、一生付き合う病気にかかったからこそ、それで成長しちゃった良い部分にも目を向けていきたい。

私には私なりの幸福がまだ齎されると信じて歩んでいきたい。



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