事故物件×心霊YouTuber×存在しない606号室──ホラー長編『505号室』第6話
第6話 黒い影
その夜。
亮と翼は、再び505号室へ戻ってきた。
ライブ配信は始めていない。
今夜は検証だけだった。
「配信すると、冷静な判断ができなくなる」
翼の提案だった。
部屋へ入ると、昨夜と同じ冷気が足元を這った。
室温は二十七度。
それなのに、吐く息だけが白い。
玄関へ近づくと、昨日より濃い臭いが漂っていた。
湿った土。
獣の毛。
腐った木材。
鼻の奥へまとわりつき、息をするたび胃がむかつく。
翼はEMFメーターの電源を入れた。
ピッ。
数値は〇・二。
異常なし。
「昨日は玄関だった」
亮が静かに言う。
二人は玄関の前へ立った。
その瞬間だった。
ピピピピッ――。
EMFメーターが激しく鳴り始めた。
数値は一気に八を超える。
「まただ……」
翼は廊下へ出た。
誰もいない。
古い蛍光灯だけが白く光っている。
コン。
小さな音。
二人は振り向いた。
音は505号室の中から聞こえた。
部屋へ戻る。
誰もいない。
しかし、窓際に置いたカメラだけが勝手に録画を始めていた。
「触ってないぞ」
亮がモニターを確認する。
そこには、窓ガラスが映っている。
その向こうは隣のビルの壁。
何も映っていない。
だが、一瞬だった。
黒いものが下から上へ動いた。
人ではない。
煙でもない。
光を吸い込むような黒い塊だった。
「今の見たか」
翼は録画を巻き戻した。
しかし何も映っていない。
黒い影は消えていた。
その時だった。
ギィ……
窓ガラスが、ひとりでに震えた。
風はない。
窓も閉まっている。
それでも誰かが外側から押しているように、ガラスだけがゆっくり軋んでいた。
亮はライトを窓の外へ向ける。
ビルとビルの隙間。
昼間でも暗かった場所は、夜になると完全な闇へ変わっていた。
ライトの光は途中で消える。
底が見えない。
その闇の中から、ゆっくりと冷たい風だけが吹き上がってくる。
そして。
コン。
今度は窓が叩かれた。
二人は凍りつく。
ここは五階。
窓の外に立てる人間などいるはずがない。
コン。
コン。
三度目の音が響いた瞬間だった。
窓ガラスに女性が映った。
白いブラウス。
長い黒髪。
青白い顔。
だが、その姿は部屋の中にはいない。
ガラスだけに映っている。
女性はゆっくり首を横に振った。
そして唇だけを動かす。
「開けないで」
声は聞こえない。
しかし二人には、その言葉だけがはっきり伝わった。
「美咲さん……」
亮がつぶやいた瞬間。
女性の姿は消えた。
代わりに窓ガラス一面へ、黒い影が広がる。

人の形にも見える。
獣にも見える。
いや、形そのものが定まらない。
ライトを向けるたび、その輪郭は揺れ続けていた。
EMFメーターが悲鳴のような警告音を鳴らす。
ピピピピピピッ――。
数値は測定不能になっていた。
その時、部屋中の機材が一斉に停止する。
照明。
カメラ。
モニター。
すべての明かりが消えた。
真っ暗な505号室。
闇の中で聞こえたのは、一つだけだった。
コン。
コン。
コン。
玄関ではない。
窓でもない。
部屋のどこか、すぐ背後から。
誰かが、ゆっくり扉を叩いていた。
第7話 存在しない606号室へ続く
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