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『青木美子刑事と霊能者法眼の事件簿6-ペット火葬車』第11話

第11話 取調室


取調室で川島と対峙する有馬管理官

雨上がりの朝だった。

警視庁捜査一課取調室。

蛍光灯の白い光が無機質な部屋を照らしている。

机を挟み、川島は静かに椅子へ腰掛けていた。

手錠を掛けられているにもかかわらず、
その表情には焦りも後悔もない。

まるで仕事を終えた職人のような落ち着きだった。



ドアが開く。

有馬管理官が入室し、その後ろに須藤課長、狩野刑事、美子が続く。

最後に法眼が静かに部屋へ入った。

川島は法眼を見るなり、小さく鼻で笑った。

「まだ霊なんて信じてるのか」

法眼は椅子に座らず、壁際に静かに立った。

「私は信じているのではありません」

「視えるだけです」

川島は肩をすくめた。

有馬が机の上にファイルを置く。

「川島健一」

「団地住民三名殺害」

「管理人・山崎正夫殺害」

「死体遺棄及び証拠隠滅」

「容疑を認めるか」

川島は淡々とうなずいた。

「ああ」

「全部、俺がやった」

部屋の空気が重く沈む。

美子は拳を握り締めた。

「……どうして」

「老人たちを殺した」

「管理人さんまで」

川島は美子を見つめ、薄く笑った。

「あいつら、生きてても仕方ないだろ」

「身寄りもない」

「金だけ持ってる。金は有効に使わないと」

「だから利用した」

須藤が声を荒げる。

「人の命を何だと思っている!」

川島は笑みを崩さない。

「命?」

「火葬炉に入れば、人も犬も同じ灰だ」

その言葉に、狩野が机を叩いた。

「ふざけるな!」

有馬が静かに制した。

「狩野」

室内に再び沈黙が戻る。

有馬は資料を一枚めくった。

「302号室」

「そこから老人たちの生活を監視していたな」

「ああ」

「一人暮らし」

「年金日」

「通院日」

「全部見えた」

「ペット火葬車なら、誰も怪しまない」

「犬を運ぶと思うからな」

美子は息をのんだ。

「だから……」

「犬を火葬するふりをして……」

川島はうなずいた。

「眠らせて運び、廃工場で焼いた」

「骨は倉庫の床下」

「簡単な仕事だった」

その口調には、人を殺したという実感がまるでなかった。

法眼は静かに目を閉じる。

一瞬、部屋の空気が冷たくなった。

山崎の霊。

老人たちの霊。

犬たちの霊。

皆が静かに川島を見つめている。

しかし、その背後には、また黒い影が立っていた。

法眼は眉をひそめる。

「また……」

黒い影が川島の輪郭を覆う。

顔だけが霞み、霊視が遮られる。

法眼は小さく息を吐いた。

「やはり、あなたですね……」
 
 
法眼は目を閉じた。

冷たい空気が頬を撫でる。

山崎の霊が、静かに首を横に振っている。

『まだ……見えませんか』

法眼は心の中で問い掛けた。

だが、その瞬間だった。

黒い霧のようなものが川島の背後から湧き上がり、
老人たちの霊を押し返した。

法眼は思わず一歩後退する。

「……まただ」

美子が振り返る。

「先生?」

法眼は額に汗を浮かべていた。

「亡くなった方々が近づこうとすると、何者かが遮ります」

「人の形をしていますが、顔がありません」

川島が鼻で笑う。

「何も見えてないじゃないか」

法眼は静かに川島を見つめた。

「ええ」

「あなたの顔だけが、どうしても見えない」

「ですが……」

「あなたの後ろにいるものは、確実に強くなっています」

川島の笑みが一瞬だけ消えた。

有馬が口を開く。

「川島」

「青木刑事を何度も襲った理由を話せ」

川島は椅子にもたれ、大きく息を吐いた。

「最初は邪魔だった」

「刑事だからな」

美子は黙って聞いている。

「でも、一度顔を見て考えが変わった」

「団地で初めて見た時だ」

川島の目がゆっくりと美子へ向く。

「きれいな女だった」

部屋の空気が張り詰める。

「だから焼いてみたくなった」

誰も言葉を発しない。

「老人は金だった」

「管理人は口封じ」

「でも、お前だけは違う」

「火の中でどんな顔をするのか」

「泣くのか」

「叫ぶのか」

「それを見たかった」

美子の拳が震える。

狩野が立ち上がろうとした。

「この野郎!」

須藤が肩を押さえた。

「狩野、落ち着け」

有馬は表情一つ変えない。

「つまり、お前は快楽のためにも殺そうとした」

「ああ」

「金だけじゃ飽きる」

「人間が恐怖する顔を見るのが好きになった」

その言葉を聞いた瞬間だった。

法眼の脳裏に、これまで見えなかった光景が一瞬だけ映る。

炎。
黒煙。
火葬炉。

泣き叫ぶ老人。

そして、その炎を見つめて笑う黒い影。

法眼は大きく息を吸った。

「そういうことでしたか……」

有馬が振り返る。

「何かわかったのか」

法眼は静かにうなずいた。

「私はずっと亡くなった方々の霊に
妨害されていると思っていました」

「違いました」

「妨害していたのは、亡くなった霊ではありません」

法眼は川島を真っすぐ見つめる。

「川島さん」

「あなた自身です」

川島の眉がわずかに動いた。

「あなたが何人もの命を奪うたび、
その憎悪と狂気があなたから剥がれ、
生きたまま一つの霊となっていった」

「生霊です」

部屋が静まり返る。

「その生霊が、あなたを守るように私
の霊視を遮っていました」

「だから顔だけが見えなかったのです」

川島は初めて法眼から目をそらした。

「……くだらない」

そう言いながらも、
その声には初めて動揺が混じっていた。
 
 
川島はしばらく黙っていた。

取調室の時計の針だけが、静かに時を刻んでいる。

やがて川島は、小さく笑った。

「……生霊か」

「くだらない」

そう言ったものの、その笑いはどこか力がなかった。

法眼は静かに見つめる。

「違いますか」

川島は俯き、長く息を吐いた。

「一つだけ、妙なことがあった」

有馬が顔を上げる。

「話せ」

「老人を一人焼いた頃からだ」

「夜中に目が覚める」

「誰かに見られている気がする」

「振り返っても誰もいない」

部屋の空気が重くなる。

「鏡を見ると……」

川島は初めて言葉を詰まらせた。

「俺の後ろに黒い影が立っている」

美子は息をのんだ。

「最初は疲れているだけだと思った」

「酒を飲めば消えると思った」

「でも違った」

「人を殺すたびに、その影は近づいてきた」

川島はゆっくりと法眼を見る。

「……あれは何なんだ」

法眼は静かに答えた。

「あなた自身です」

「人は強い執着や憎しみを抱え続けると、
その想念が生霊となって自らを蝕みます」

「あなたは命を奪うたびに、
人の苦しみを楽しむようになった」

「その歪んだ心が、
もう一人のあなたを生み出したのです」

川島は目を閉じた。

「だから……あの影は」

「消えません」

法眼は静かに首を振った。

「裁判で刑が決まっても」

「刑務所へ行っても」

「あなたが心から罪を悔いない限り、
その影は離れることはありません」

長い沈黙が流れた。

さきほどまで人を見下して笑っていた川島の表情から、
初めて余裕が消えていた。

有馬は静かに立ち上がる。

「川島健一」

「お前は多くの命を奪った」

「その罪は霊が裁くのではない」

「まして復讐でもない」

「裁くのは法だ」

川島は力なく笑った。

「法か……」

有馬は真っすぐ川島を見据えた。

「法は、亡くなった人を生き返らせることはできない」

「だが、生きている者が同じ悲劇を繰り返さないために存在する」

「その責任を、私たちは果たす」

法眼も静かに頷いた。

「亡くなられた方々も、それを望んでいます」

その瞬間だった。

法眼の視界に、山崎の霊が現れた。

その隣には、三人の老人。

そして、火葬されていった犬たち。

もう黒い影はなかった。

山崎は法眼に向かって深く頭を下げる。

『ありがとうございました』

老人たちも穏やかな笑顔を浮かべる。

犬たちは尻尾を振りながら主人たちの足元へ駆け寄った。

法眼は小さく合掌する。

「どうか、安らかに」

柔らかな光が取調室を包み込むように差し込み、
霊たちは静かにその光の中へ溶けていった。

それを見届けた法眼は、静かに目を開いた。

「……終わりました」

有馬は無言で頷く。

「護送しろ」

刑事たちが川島を立たせる。

川島は部屋を出る直前、一度だけ振り返った。

法眼を見るでもなく、美子を見るでもない。

その視線は、自分の足元へ向けられていた。

そこには、誰にも見えない一筋の黒い影が、
静かに寄り添っていた。

次回最終話

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