無能は努力せずただ去るのみ・・
こちらは前回の記事「葬儀社への道」の続きになります。
いきなり結論
友人の紹介で葬儀社に入社したのですが、タイムスケジュールに慣れるのも大変といいますか、結局馴染む事は最後までありませんでした。どうにも待機時間が勿体なく感じて何かしたいのですが、することが無い状況が多々ありストレスが溜まっていきます。お客様の対応は良い準備が出来ていれば問題なく進んで行きますので友人らベテラン担当者の仕事ぶりは見事だと思いました。私は裏方で祭壇等の搬入や生花、供物の運搬をしておりましたが準備が終ると手が空くので待機になりますがその瞬間だけ頑張って待機というこの働き方がとても向いていないと早々に感じていました。
担当者の適正
しばらくして担当者の仕事の見学をすることになったのですが、口下手な私とは正反対の友人は色々と冗談も交えてスムーズに進めていきます。お寺さんとのスケジュール調整は営業マンのように住職の機嫌を取りながらの会話になっていてこれは自分には厳しいなと、こちらも向いていないとわかっていたけど確信したので求職活動に入る事にしました。誘ってくれた友人よ「お役に立てず申し訳ない」と心の中で謝罪してました。
社畜作業員脳
元々適当にそれなりにゆっくりと仕事をしていたいと言う欲望(夢?)がありましたが、工場では常に動き回り数秒単位で右だ左だと動いていて、ながら仕事をしてもミスをしないように作業導線を決めて作業する癖があったので「この作業の時はこの動き」と言う風に一連の動きをあらかじめ最初から最後まで決められたプロセスで動いて時間も最短で終えられるように心がけていました。なので隙間時間が数十分単位であると勿体ない気持ちにどうしてもなります。それがこの仕事の正式な働き方なのですが数十年と刷り込まれた教育からか数分でも手空きがあると罪悪感に襲われます。思っていた理想の状況がいざ現実になるとそれまでの予想とは全く異なる気持ちに戸惑います。自分の能力ではこの会社に貢献出来そうにないので早めに次に行こうと行動開始します。
真面目すぎる?
退職を決意し社長に退職願いを提出して了承して頂き、退職日を1ヶ月後に決定して残りの期間少しでもお役に立てるように頑張ろうと仕事に励みます。友達は社長に聞いたようで「辞めるのか?」と聞いてきたので私「悪いなせっかく誘ってくれたのに、俺は役に立たないから給料泥棒みたいなもんだし申し訳ないから居なくなるよ」友達「マジメに考え過ぎだって、裏方の長は長いだけで最低限しか仕事してないじゃん。祭壇も長いから知ってるだけで動けないからお前の方が動けるし何もそんなに思う事無いのにな…」とは言ってくれました。正直、裏方の仕事のみならばとても楽でこれでお金がもらえるのは労力に対してはリターンが高いような気がします。しかし、給与自体は低空飛行で上がる要素が無くやりがいもない。そして給与を上げるには担当者になるしかないのだが、非常にハードルが高くて事を起こす前に逃げたと言うのが本当の所になります。
逃げた本当の訳
裏方の仕事はある程度すぐに覚えて本音はする事がそれ程ない印象でした。お寺の祭壇の設置、撤去もそこそこ出来るようになった頃に裏方の長に「裏方は俺一人で間に合ってるから早く担当者になれよな」私「え?」長「その為に入ったんだからな!(笑)」私「がっ、頑張ります」などと言われて社長にも「担当者の仕事を皆について覚えてね」とも言われて友達にどんな感じなの?と尋ねた所、友達「いきなりな、お客さんの所に行って来いって言われてなんの書類もカタログも無い所で担当させられて困ったんだよ」私「は?どうすんの」友達「仕方ないから先輩の書類コピーして真似して作ってお客さんに書かせてなんとか回して少しずつ修正しながら今の形になってる」私「それって葬儀自体が担当者でやり方とか違うんじゃないの?」友達「そうなんだよ、だからお客さんにこの前と違うって怒れるし住職にもお前らいい加減にしろってこの前も怒られたばかりなんだよね」これを聞いて私はとんでもない事になったと恐ろしくなった。素人が見様見真似で葬式一式を取りしきってやりながら形にするとかそんな無責任な事したくないと、葬儀社伝統のやり方ではなく個人の裁量で統一感が無かったら何かあった時にご遺族に一生恨まれる事にもなりかねない。死装束も担当者が着せるし納棺も全てぶっつけ本番とかハードルが高すぎで厳しいので逃げるしか自分には術はなかった。見て覚えるにしては死に化粧とか何もかもご遺族に「よくわからないけどやってます」なんて言える訳ないしこれで「はい、やってみたいです喜んで担当します。」と出来るメンタルは私にはありませんでした。それでやはりと言うか担当者どうしは皆仲が悪いしそのせいで仕事が重なると休日が消えるという非効率な運営をしているようでした。他の葬儀社では普通シフトで休んでみんなで割り振りして働くのにそれが無いので担当は終わるまで休めないし裏方も休めないので、暇な時は暇休めない時は休めないとなる。これも当時は農作業に支障が出ると思っていて先を見ると覚えるほど「首が締まるなぁ」とがっかりしました。
なんとなく
なにも考えずに就職するのは危険です。私のようになります、というか下調べした所で内情なんて入ってみないとわかりません。他の葬儀社にお勤めの方の記事も読みましたが皆お客様のお気持ちに寄り添い・・と懸命に働いている様子を書かれていてしっかりしているなと感心してました。私は入社したお店のやり方や書類もプランに添った物が用意してあると有るものと思ってたのだが、一人ひとり独自に進めてもお店としては入ってくるお金が(少ないプランしか無いので)一緒だからどうでも良いというスタンスから来ているらしく最早クオリティはどうでも良いと言っている様な物なので、やっつけ仕事になってる事に辞める間際に気付きましたね。最低限無責任な仕事だけはしたくないと思ってたのと、困難に無謀に当たって砕ける勇気が無かったので仕方が無いと思っています。
なぜか
私は退職翌日から次に採用になった職場にお世話になり忙しく働いていた。
友達とは定期的に飯を食いに行ってお互いの近況報告していたのだがある時突然、友達「俺も辞めたんだよ(笑)」私「ええええ!なんで?」友達「お前辞めて思ったんだよ、やっぱり普通に考えればやめるよな?って」私「いや、辞める所通り過ぎてるから普通辞めないと思うけどね?」友達「もう飽きたしあいつ等と働くの疲れるからいいんだ!」私「もうやめてるから手遅れだけどもお客さんかわいそうじゃないのかね?」友達「みんなめんどくさいから知らない」私「俺が会社辞めると誰かを巻き添えにしてしまうな、ダメだと思うんですよ」友達「いや、元々辞めるつもりだったから良い切っ掛けで良かったよ」私「結局それかよ、悪いの俺みたいじゃんね?」友達「仕方ないんじゃないの?結果オーライだよ」私「そーですか」となり友達は無職になりました。ひたすらにその家庭の裏情報や内情を日々聞かされて相談されて上手く都合付けたりと色々と大変だったらしいし、何より住職の遊び相手もしていたらしく毎晩夜遅くまで遊び歩いたりと公私混同していたので疲れていたようでした。
貴重な体験
何だかんだ数十件の葬式に携わり沢山の家庭の事情を耳にして色々な生き方がある物だと勉強になりました。とは言え大体が大往生の老人の方々で、ほとんど涙も無く思い出話しをして笑顔で送り出すような場面が多かったと思います。不思議と参列者の方も式を乱す様な人もおられず礼儀正しくてトラブルになった事は一度も無かったのでありがたかったです。職場の皆さんとも特に友達がいた事もあり何も不快な事もありませんでした。但し仕事に必要な普通にありそうなものは何1つ無かったのは事実なのでやはり普通では無いのでしょうと私は思っているのですが世の中を知らないからでしょうか?
以上が葬儀店に就職して秒で辞めた話しになります。段々なにを伝えたいのかわからなくなってきていますが私が無能なのが伝われば良いと思っていますのでご了承ください。また何か思いついたら書いて見ようと思っていますのでその時はよろしくお願いします。
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