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ROCK HUMANISM Vol.34「Judas Priest― 本質を磨き続けた者だけが、時代を超える。―」

1970年代後半。ハードロックは一つの完成期を迎えていました。Deep Purple、Rainbow、Black Sabbathが築き上げた様式美。その一方で、イギリスではパンクという新しい文化が若者たちを熱狂させ、長く複雑なハードロックは少しずつ時代の中心から離れ始めていました。そんな過渡期に現れたのが、Judas Priestでした。彼らはニュー・ウェーブ・オブ・ヘヴィメタルのブームに乗って登場したバンドではありません。むしろ、そのムーブメントが生まれる前から、自分たちなりのヘヴィメタルを作り続けていた若きバンドでした。『Sad Wings of Destiny』、『Sin After Sin』、『Stained Class』、そして『Killing Machine』。これらの作品は、今聴いても驚くほど完成度が高く、後のヘヴィメタルの設計図とも言える作品ばかりです。当時の彼らのサウンドには、どこか陰影がありました。ギターは鋭いのに、音は少し奥に引っ込んでいる。あえてそう作っていたのでしょう。重厚で、英国らしい空気をまとったサウンドでした。しかし、その完成度の高さとは裏腹に、まだ多くの人に届く音ではありませんでした。

Judas Priestというバンドを語る上で欠かせないのが、Rob Halford、Glenn Tipton、K.K. Downing、そしてIan Hillです。

Rob Halfordの圧倒的なハイトーンボーカル。Glenn TiptonとK.K. Downingによるツインリードギター。Ian Hillが静かに支える揺るぎないベース。彼らの演奏を聴いていると、誰か一人が主役という印象はありません。それぞれが自らの役割を果たし、一つの巨大な機構として機能している。それがJudas Priestでした。特にGlenn TiptonとK.K. Downingのツインリードは、後の多くのバンドへ大きな影響を与えます。しかし彼らのギターソロは、自己主張のためではありませんでした。私はいつも、二人のギターソロを「バトンの受け渡し」だと感じています。Glenn TiptonからK.K. Downingへ。そして再びGlenn Tiptonへ。二人は競い合っていたのではありません。楽曲全体のエネルギーをさらに高めるために、バトンをつなぎ続けていたのです。そこにはエゴではなく、設計がありました。

1980年、彼らは大きな転機を迎えます。アメリカ市場への挑戦です。『British Steel』。ここで彼らは「Breaking the Law」や「Living After Midnight」のような、それまでよりキャッチーで覚えやすい楽曲を発表します。「売れるために変わった」と言う人もいるかもしれません。しかし私は少し違う見方をしています。彼らは本質を変えたのではありません。伝え方を磨いたのです。続く『Point of Entry』ではさらに試行錯誤を続けます。しかし、その挑戦は決して迷走ではありませんでした。自分たちらしさとは何か。その問いを抱えながら歩き続けていた時間だったように思います。

そして1982年。彼らは一つの答えへたどり着きます。
『Screaming for Vengeance』。
冒頭の「The Hellion」から「Electric Eye」へ。さらに「Riding on the Wind」へと流れる圧倒的な構成。まるで一つの物語を観ているような感覚になります。そして私にとって、このアルバムの象徴はタイトル曲「Screaming for Vengeance」です。ここにはJudas Priestのすべてがあります。Rob Halfordの圧倒的な存在感。Glenn TiptonとK.K. Downingによる美しく設計されたツインリード。そして、ギターソロがさらに曲全体のエネルギーを押し上げていく構成美。彼らのギターソロは、決して「俺を見ろ」という演奏ではありません。曲という一本の物語を完成させるための、大切な役割なのです。

アルバム後半で響く「You’ve Got Another Thing Comin’」は、アメリカでも大きな成功を収めました。しかし、その成功はキャッチーさだけによるものではありません。Judas Priestが最後に世界へ届けたのは、自分たちらしいサウンドでした。本質を捨てなかったからこそ、多くの人の心を動かしたのです。そして私は思います。Judas Priestは、ニュー・ウェーブ・オブ・ヘヴィメタルという新しい波が押し寄せる中で、その波に飲み込まれることなく、自らが一つの頂点であることを証明したバンドだったのだと。

そして1990年。『Painkiller』。私にとって、この作品はJudas Priestというバンドの到達点です。圧倒的なスピード。鋼鉄のようなサウンド。Scott Travisのドラミングによって生まれた新しい推進力。しかし『Painkiller』の本当の凄さは、速さでも重さでもありません。そこにいる全員が、自らの役割を極限まで磨き上げ、一つの作品として完成させていることです。まさに、Judas Priestという哲学の完成形でした。

Judas Priestを語る時、もう一つ忘れられない思い出があります。1983年のUS Festivalです。Judas Priest、Van Halen、Ozzy Osbourne、Quiet Riot、Scorpions…。今では夢のような顔ぶれが集まった伝説の野外フェスティバルでした。当時、日本でも映像作品として多くのロックファンが目にしたあのライブは、単なるコンサート映像ではありませんでした。あの時代そのものが記録されていたのです。不思議なことに、あの映像を見返すと、思い出すのはJudas Priestだけではありません。高校時代の自分。友人たち。未来に胸を躍らせていた頃の自分自身です。音楽とは、過去を懐かしむためだけにあるものではありません。あの頃、自分が持っていた勇気や情熱、挑戦する気持ちを、もう一度現在へ連れてきてくれるものなのです。

だから私は今でも時々思い出したようにJudas Priestを聴きます。鋼鉄のサウンドを求めているのではありません。あの頃の自分が持っていた、前へ進むエネルギーに、もう一度出会うために。

本当の強さとは、誰かを超えることではなく、自分らしさを磨き続けること。Judas Priestは、そのことを鋼鉄のサウンドで教えてくれたバンドでした。

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