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第10話|正直さが「生存戦略」として機能しなくなった社会で、私たちはどう生きるか



正直であること。真面目であること。努力を積み重ねること。

それらは、少し前まで「ちゃんと生きるための条件」だったはずだ。少なくとも、そう信じられてきた。

けれど、いつの間にか社会は変わった。 正しいことを言えば通る、筋を通せば評価される、そんな前提は静かに崩れていったのだ。

正直さは「扱いづらさ」になり、 真面目さは「融通が利かない」と言い換えられ、 努力は「自己責任」の一言で回収される。

今、この社会で生き残りやすいのは、正しい人ではない。空気を読み、巧みに責任を避け、自分を守る術を知っている人だ。 正論を言う人ではない。正論を使って、自分が楽になる人だ。

そういう人ほど「正論」を盾にして、判断や結果を他人に委ねる。 自分は間違っていない――そう言い切れる安全な位置に立つために。


引き返せない問いを抱えて

その構造の中で、正直な人ほど消耗していく。 疑いながら働き、迷いながら考え、それでも誠実であろうとする人ほど、声を上げる前に疲れ果ててしまう。

私は、その一人だった。 他人に評価されたいと思い、評価される場所に立ち、評価を力ずくでもぎ取ろうとして、最後に残ったのは、真っ白に燃え尽きた自分だけだった。

それでも、私はこの社会が完全に間違っているとは思っていない。 ただ、正直さや真面目さが「自動的に報われる時代ではなくなった」――それだけのことだ。

だから、私はここに問いだけを残したい。

正しくあろうとするあなたは、一体誰に評価されようとしているのか。 その正直さ真面目さは、誰のためのものなのか。 そして、それでもなお、あなたがそれを手放せない理由は何なのか。


わたしは、そうして生きていく

これは、生き方を教えるような傲慢な話ではない。壊れた人間が、壊れるまでに見てきた構造を、そのまま置いていく記録だ。

もし、私と同じ場所で立ち止まっている人がいるなら、これだけは伝えたい。 あなたは、間違っていない。ただ、この社会は正直な人に優しくない、真面目な人には厳しい、それだけのことだ。

引き返せない問いを抱えたままでも、わたしはそうして生きてきた。 正しさが報われなくても、誠実さが武器にならなくても、それでも考えることをやめなかった、ただそれだけの人間として。

繰り返しになるが、これは、誰かを救う話ではない。生き方を示すものでもない。壊れた人間が、壊れるまでに見てきた構造を、そのまま書き残しただけの、ただの記録だ。

もし、一言、掛けられる言葉があるとしたら、それは、
「自分の身と心は自分で守るしかない」
「他人を変えることはできないが、自分を変えることはできる」
という事実だけだ。

そして、この文章のどこかであなたが立ち止まったなら、それはあなたが弱いからでは決してない。

わたしは、そうして、これからも生きていく。

答えはここには書けない。 ここまで読んでくれたあなたの中に、そのそれはすでに芽生えているはずだから。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
全10話の連載を通して、あなたの心にどんな問いが芽生えたでしょうか。
もしよろしければ、最後にあなたの言葉を、コメント欄に置いていっていただけたら嬉しいです。

中埜 空也



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