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生きる意味について

正しいものを探すのではなく、
納得できるものを探すのだ。



私もそろそろ、
学生という名の特権を失効しつつある。

就職活動を通じて、
否が応でも将来について考える。
これからやっていけるだろうかと、
1年後はどうしているだろうかと、
10年後はどうなっているだろうかと、
これからどう生きるのか?
そもそも「生きる意味」とは?
とだんだん思考が抽象度の高いものとなり、
不安を含んで襲ってくる。

「生きる意味とは?」

私はこの問いの答えとして、
正しい答えを探した。
でも見つからなかった。

でも納得できる答えはあった。
それが「ニーチェ」だった。

あくまで私の解釈だが、
ニーチェ的に「生きる意味」について述べるなら

「人生など無意味だ、その上であなたならどうする?、無意味なら意味を自分で作ればいい、その作り出す過程が、生きるということだ。」

ということになる。
私はこの答えに納得している。
だから、新たな答えに出会うまで、
私の中での「生きる意味」の答えは
ニーチェの解釈になる。

明確な正しい答えが無い問いに、
人によって条件が異なる問いに、
学問は大いに役に立つ。

私の場合は哲学であり、ニーチェだった。

人によっては、生物学や天文学かもしれない、
歴史や宗教でもいい。

それぞれの考え方があり、解釈がある。
どちらが正しいなど、
この世界では無意味に等しい。

だから、自分の納得のいく考え方にたどり着くまで、勉強するのだと思う。それこそ人間らしい営みであると思う。

正しい答えではく
自分の納得できる答えを探すのだ。

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