見出し画像

40代ワーママ、会社員を辞めました。4月から独立します。

 正確には、3月末をもって退職することを会社に宣言しました。
転職するわけではなく、個人事業主として独立を目指します。青臭くも、自分らしく稼いで生きる道を本気で模索してみようと思います。

 noteを始めたのは、会社員を辞めてからの試行錯誤を、記録の意味も込めて生々しく残したいと思ったからです。もしかしたら、後に続く誰かの学びや勇気になりますように。

自己紹介と、育児と仕事の両立と

 はじめまして、まる子です。都内在住、夫と子供と3人で暮らすアラフォー女性です。大学卒業後、15年以上正社員として働いてきて、定年まで会社員として働くことを疑わなかった私ですが、なんとこのたび、会社を辞めました。人生何があるかわからないものです。

 私は比較的、学歴エリートタイプで、結構名の知れた大学を出て、日本人なら誰もが知る大企業に就職しました。A社と呼びます。大きな会社を選んだのは、女性が仕事を続ける上で、大きな会社の方が育児と仕事を両立できると思ったからです。

 「女性は透明な赤ちゃんを抱いて就活をしている」という言葉があります。女性の中には、子供が生まれてもいないのに、何なら結婚の予定も決まっていないのに、いつか子供が生まれる(かもしれない)日に備えて、子育てと仕事の両立ができることを第一重要事項として会社を選ぶ人がいます。私はまさにこのタイプでした。学生だった当時、あらゆる企業の育児支援の制度を調べまくって、女性が育児と仕事を両立できそうだと感じた大企業A社に就職先を決めました。
 
 入社して10年程度経ち、ついに私は妊娠します。後から振り返ると、育児関係の制度が何にもなかったとしても、もっと社会人のスタートダッシュを切るのにふさわしい企業があれば、そちらに入社していても10年も働けたわけですが、それは結果論です。

 そして狙い通り、育児休暇からフルタイムで復帰しました。しかし!しばらくして、「育児と仕事が両立できる企業」の真価がまさに問われる時期に、私はA社を辞めてしまいました。

 A社は確かに手厚い育児支援の制度を整えていました。社内に保育所まであり、夜9時まで子供を預かってくれました。女性登用にも積極的で、子供が小さい女性であっても、管理職につけたり、海外赴任になったりする会社でした。

 入社してから10年経ち、ある程度社内の構造が見えるようになってきた私の目に映ったのは、とんでもなく忙しい管理職の姿でした。テクノロジーが進化したせいで、朝はアメリカと、夜はヨーロッパとオンライン会議ができてしまいます。一方で何がそんなに忙しいのかといえば、実は、社内の調整や役員対応のための資料作りなど、ビジネスの本質とはちょっと違うよね、と思われるような仕事が山ほどあることも事実でした。

 新卒から定年まで、同じ釜の飯を食べながら働く人の多い会社でした。人間関係はまるで「家族」のような温かみもありました。大企業なので給料や手当も多い。ある意味居心地はよかったのです。もし子供がいなかったら、今も飲み屋で仲間と文句を言いながら、毎日夜まで働いていたかもしれません。でも、そんな内向きの仕事を、夜9時まで小さな子供を預けてしたいとは思えませんでした。子供の存在が、むしろ変化が必要だと背中を押したのです。

 続いて私が入社したのは、大手ITベンチャーでした。B社とします。こちらはA社と違って比較的新しい会社だったこともあり、育児関連の制度はそれほどありませんでした。ただし、入ってみたら、A社よりも圧倒的に育児と仕事の両立は楽でした。

 B社は平均年齢が30代の若い人が多い会社で、小さな子供がいる人が多数派でした。男性でも、管理職でも、当たり前のように夕方は子供のお迎えに行きました。また、フレックスタイム制度とリモートワーク制度があり、お迎えに行ってから夜に家で働く、といったような柔軟な働き方も可能でした。そうやって時間をやり繰りしながら働くのが普通だったので、育児と仕事の両立はみんなにとって「当たりまえ」だったのです。

 働き方は非常に自由度が高かったのですが、組織的な都合を発端に、結局5年ほどでB社を辞めることになりました。心の片隅で「いつか独立したい」と思っていた私は、これはもしかしたら良い機会なのかもしれないと感じ、思い切って会社員を辞めることにしました。

人生のハンドルを自分で握りたい

 
 大きな組織にいたときは「どうしてそうなるのか、訳のわからない組織の理論」に振り回されて、納得できないことが多くありました。小さな組織になると「どうしてそうなったのか」の部分はよく見えるようになりましたが、結局は「社長がXXXと考えているから」「役員がXXXと言ったから」など、納得できないことはやっぱりたくさんありました。

 働き方改革や、ワークライフバランスと言っても、結局のところ会社員は、会社法で「使用人」と表現される立場です。株主に利益をもたらすために雇用契約に基づいて時間やスキルを差し出しているのであり、他人の手の上で自分の権利を声高に主張しても、三蔵法師の手の上でイキって見せた孫悟空のように、虚しいだけです。

 昔から優等生街道を歩いてきて、王道のレールを外れることには抵抗がありました。良い大学を目指して、大企業に就職して、期待の若手として周囲の期待に応えようと頑張ってきましたが、気づけば40歳。忙しい毎日の中でふと立ち止まると、自分が本当にやりたいことが何なのか、よくわからなくなっていました。それでも、本当に自分の足で立って人生の主導権を握りたいという思いがありました。

40歳は人生の迷い期だと思う

 
 「四十にして惑わず」と言う言葉がありますが、はっきり言って現代の40歳は惑いまくりだと思います。何なら若いときの勢いで走れなくなってきたからこその、新しい惑いが出てきます。少なくとも私はそうでした。

 会社では出世する人としない人がはっきりしてきて、何となくこの先の延長線上にある自分のキャリアが見えてくる。子供の数が決まって、家族の形が決まってくる。若い頃にはなかったシミ、たるみ、白髪が増え、お腹周りとあご周りに肉が付き、写真に映るのが嫌になってくる。親が年をとって、健康上の問題が出てきて、人生は有限だったのかと感じる。それが40代。

 一方で、80歳まで(元気に)生きるとしてもまだ40年もある。60歳まで働くとすると、まだ20年もある。若い頃よりも体力が落ちたとはいえ、まだ ある程度の気合いと根性はある。駆け出しの頃よりもいくばくの経験と知恵もついた。もう一花咲かせるための若さと時間があるのも事実です。

 よく言われることですが、人生、今が一番若い。そんな思いが交錯するのが40歳だと思います。

自立に向けた模索の記録

 そうして私は、会社員を辞めることを決めました。我が家は共働きですが、持ち家はペアローンで、それぞれ決まった生活費を負担しています。今まで私が払っていたローンと生活費は、今まで通り、自分で出すと決めました。となると、まずは貯金で何とかできる1年間で期間を区切ることにしました。

 実際、自分は組織を離れたらやっていけるのか、恐怖と不安は大いにありますが、自分のビジネスで食べていけるように、1年間、試行錯誤しながら挑戦してみるつもりです。 

 軌道に乗ればビジネスを大きくすることに挑戦します。もしも「こりゃだめだ!」という結論でも、時代は人手不足。ブランクが1年間なら、今までと同じ条件かどうかはさておき、再就職先が見つからないということはないでしょう(希望をこめて)。それなら一番若い今、挑戦する方がいい。

 このnoteは、実際に会社を辞める4月以降、一部を有料化して、週に1回程度のペースで更新していく予定です。

 会社員を辞めて独立するとはどういうことなのか。社会制度や手続きなども、記録するつもりです。今後「めちゃくちゃ楽勝!私は最強!」となるか、「いや無理だわ失敗したわ〜〜」と弱音を吐くのか、全くわかりませんが、リアルな心の動きもなるべく文章にしてみなさんにシェアしたいと思います。
 そして匿名で有料だからこそ書ける、スモールビジネスのスタートにまつわる毎月の収支もある程度公開する予定です。

 会社員を辞めて、自分でビジネスを始めるというのはどういうことなのか?リアルタイムで共有することで、綺麗に丸まっていない、生々しい情報をお届けしたいと思います。もし独立に興味がある方は、ライブ感を持って参考にしていただけると幸いです。「そういうことならちょっと応援してやるか」と思って下さる仏のような方がいらっしゃったら、泣いて喜びます。

 この先がどうなるのか、自分でもまったくわかりません。正直不安いっぱいではありますが、きっと人生やったもの勝ち。過程も楽しみながら挑戦したいと思います。

いいなと思ったら応援しよう!

LIFE SHIFTまる子 チップでご支援いただけると、めちゃくちゃ喜びます!ありがとうございます。