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父が亡くなる2日前

56才歯科衛生士のピューちゃんです。
『歯科衛生士は、親のお口のケアで学べることがたくさんあるからぜひしてあげてください』と先輩歯科衛生士のセミナーで聞いたことがあった。

父は、3年前の冬に亡くなった。
父は北海道に住んでいて、私は東京に住んでいる。
亡くなる2日前、私は娘と飛行機で北海道に向かった。
私と娘が行くのは、数日前から決めていたことで父も楽しみにしていた。

父は、末期の癌だった。
一緒に住んでいる母は、覚悟ができているそんな時期だった。
私と娘が北海道へ行く予定の前々日、父は入院してしまった。
だが、父の希望で私たちが北海道に着いた日に退院することになった。
先生の家族に会わせる配慮だったと思う。
そのくらい父は弱っていた。

北海道に着いた日、まず父と会ったのは病院の駐車場だった。
まさに退院する時刻に迎えに行った感じだった。
父は、大きな介護の車に乗せられて家まで送ってもらう手筈だ。
とても小さくなっていた父。
とても痩せていた父。

もともと痩せ型だった父は、180センチほどの長身だった。
病院の駐車場で車椅子に乗せられた父は、体重もかなり減っているのがわかり、身長もかなり縮んでいた。
皮が骨に張り付いている感じに見えた。

そこに、普段一緒に住んでいる母もいた。
母は、介護の車に同乗して実家に向かう。
『ああぁ、お父さん久しぶり。』
『ああぁ、おじいちゃん久しぶり。』
声をかけて、私と娘はタクシーを使って実家に向かった。

実家には、介護用のベットが設置されていた。
そこに父は寝かされて、おしゃべりを始めた。
80代の父は、痴呆の症状が全くなくしっかりと会話ができる状態だった。
耳が遠いのは、相変わらずだったが楽しそうにお話をしていた。
父は、初孫である私の娘が大好きだった。
その娘が、父の生まれ故郷のお酒やお菓子やらをお土産に持ってきた。
父は懐かしそうに、思い出話をして、娘が持ってきたお酒を飲みたいと言っていた。

父は、あまり食事を摂らなくなっていたそうだ。
父の食欲はなくても、私たちはお腹がすく。
お弁当やら、出来合いのもので好きなものを食べようとなって近くのスーパーに買い物に行くことにした。
父に、何か食べたい?と聞くと、寿司をリクエストしてきた。
あとは、食べたいものはないとのことだった。

私たちも、寿司をいくつか選んでカップの味噌汁も買ってみた。
味噌汁は、なめこ汁を選んだ。

みんなで寿司を食べようと、父が寝ているベットの周りに集まって食べた。
なめこの味噌汁も用意した。
父は、『なめこの味噌汁が好きなことをよく知っていたね』と言って、味噌汁を飲んだ。
私は、父がなめこの味噌汁が好きだということを初めて知った。
初めから父のために用意したみたいにして、味噌汁を渡した。

寿司を食べていた父は、大好きな孫がいることが嬉しいのだろう笑っていた。
孫と一緒にお酒が飲みたいけど、今日は飲めないから一人で飲んで欲しいとビールを娘に勧めた。
娘は、おじいちゃんのベットの横でビールを飲んだ。
父は、喜んでいた。

その時のやりとりを動画で撮っていた。
今見ても、亡くなる2日前とは思えないほどおしゃべりしていたし、楽しそうに父も周りの私たちも笑っていた。

私は歯科衛生士である。
食事を終えて、父の歯みがきをしてあげたいと言った。
父も母も、そうして欲しいと言った。
しっかりと肉でも魚でも野菜でもかめるだけの歯が揃っていた。
新品の歯ブラシの方がきれいになるからと、母に新品を用意してもらった。
歯間ブラシも必要だから、用意あるよねって新品を出してもらった。
介護ベットを起こして座った状態で、歯みがきをしてあげた。
歯みがきをさせてもらった。
初めて、父の歯みがきをさせてもらった。
初めて、父の歯のケアをしてあげた。
もちろん、歯間ブラシを使った掃除もさせてもらった。
細すぎる歯間ブラシは、父の口には合っていなかった。
お口ケアには道具が大切なのに、父の口に合っていないものだった。

仕方ない・・けど、それでお口をきれいにさせてもらった。
たくさんの汚れをきれいにして差し上げた。
私の中で、身内だけど、患者さんであるような意識に変わっていた。
もっと何度も長期的にケアしてあげたい。
ベットに座りながら、何度もうがいをしてもらった。

日常のケアのレベルだけど、精一杯きれいにして差し上げた。

今までありがとう。そう思った。

今日は、訪問の看護師さんが家に来てくれる日だ。
その看護師さんが、家族写真を撮りましょうかと言ってくれた。
父はもともと写真を撮るときに笑顔を作るのが下手だった。
看護師さんがむけてくれたカメラにも、無表情で映っていた。
看護師さんが帰りがけに私たちに伝えた。
『そろそろだと思います。覚悟していてください』
驚かなかった。

私は、今日、父の口の中を精一杯きれいにして差し上げた。
私が歯科衛生士で良かったと思った。
自分の職業が、誇らしく思えた。
歯科衛生士だからこそできたことを、父にさせてもらえた。
自分が、自分にしかできないケアをして差し上げた。

本当は、私がありがとうというべきところだった。
でも、ありがとうが言えなかった。
きれいになったよ。と伝えた。
父は、ありがとうというところをふざけることが多かった。
歯みがきをさせてもらった私にこう言った。

『テンキュー(Thank youのふざけた言い方)』

それから数日後の焼き場で残された歯を見た。
間違いない。
それは、私が人生の最後にきれいにしてあげた歯であった。




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ピューちゃん 自分のやりたいことに迷いなく行動していく資金にさせてもらいます。 好きなように生きていることは、我が子や他の人に勇気を与えれるかもしれませんから。 何より、自分が幸せに人生を終えたいから。体験を言葉にするために、noteを続けます!