渦のない夏、言葉はいらない



終業式の日、職員室に西日が差し込んでいた。

配布物の山が消え、黒板の予定表は真っ白になり、廊下からは吹奏楽部の音もしない。ただ蝉の声だけが、開けっぱなしの窓から流れ込んでくる。

この静けさに、体が先に気づく。肩の力がふっと抜け、呼吸が深くなる。夏休みが来た、ということを、頭で理解するより先に、体のほうが先に理解している。心も体も、全部が一度、緩んだ。

noteを書き始めてから、まだ一ヶ月しか経っていない。それなのに、平日の夜も休日の朝も、気づけば何かを書いていた。学校という構造の軋みについて。娘の「はじめて」に立ち会えない自分について。教員として見えているものと、親として見えているもの。二つの視点を行き来しながら、書くことは、あっという間に生活の一部になっていた。

思い返せば、この一ヶ月の執筆は、たいてい早朝だった。家族がまだ眠っている時間に起き、台所の明かりだけをつけて、前日の職員室でのやり取りや、娘の寝顔を思い出しながら打ち込む。一日のうちで唯一、誰にも呼ばれない時間。それが、自分にとってのnoteだったのかもしれない。

だから、七月に入って筆が止まったとき、少し戸惑った。あれほど毎朝書いていたのに、今は何も浮かばない。パソコンを開いても、白い画面をしばらく眺めて、そのまま閉じる日が続いた。飽きたのだろうか。書くことに疲れたのだろうか。そう自分を疑いかけた。

違う、と今は思う。

思えば、筆が最も走ったのは、いつも何かが軋んでいるときだった。部活動改革のニュースに苛立った夜。保育園から呼び出しの電話があった翌日。職員会議で誰も口にしない違和感を、そのまま家に持ち帰った晩。言葉は、平穏なときには湧いてこない。渦の中にいるときにこそ、言語化という作業が、自分を保つための杖になっていた。

つまり、書くという行為は、出力のためではなく、消化のためだったのだと思う。目の前で起きていることが多すぎて、一人では抱えきれなくなったとき、文字に変換することで、ようやくそれを自分の外に置くことができる。noteは、読まれるための場である以前に、まず自分のための受け皿だった。飽きたのではなく、消化しきれない何かが、今はただ足りていないだけなのだ。

だとすれば、今、書けないのは当然だ。渦がないのだから。学校は静かで、娘は昼寝をしていて、消化すべき何かが、今は目の前にない。書けないことは、失調ではなく、むしろ健康の証なのかもしれない。

とはいえ、教員としても親としても、この夏を「何も書かない夏」と単純に割り切ることには、多少の抵抗もある。書くことをやめる、というのは、どこか敗北のように響く。だから、あえて言葉にしておく。

二学期が始まれば、また教室に音が戻る。誰かの相談を受け、誰かの代わりに動き、職員室では口に出せない違和感を胸の内で受け止める日々が始まる。夏休みといっても研修や事務作業はあるし、完全な休みではない。それでも、教室の音が止まっている今のうちに、心も体も一度空っぽにしておきたい。そうでなければ、九月からまた誰かの分まで抱え込んでしまう。空の器でなければ、誰かの思いを受け止めることもできない。それは怠けるためではなく、また誰かと向き合うための準備なのだ。

親としても同じだ。娘のプール遊びを見ながら、頭の片隅で「これは記事になるかもしれない」と考えている自分に、最近気づく。その視線こそが、この夏は少し休ませたいものだ。娘にとっての夏は、書かれるためにあるのではない。ただの時間として、目の前の水しぶきを見ていたい。笑った顔も、水に驚いた表情も、その瞬間は文章になる前に、父親として受け止めていたい。

始めてまだ一ヶ月なのに、更新が途切れると、それだけで「もうやめたのか」と思われそうな気もする。でも、続けることと、書き続けることは、たぶん同じではない。渦が来るたびに言葉にしてきたこの一ヶ月があったから、渦のない今、無理に何かをひねり出さなくてもいいと、少しは思えるようになった。それもまた、書くことで得た落ち着きの一つかもしれない。

だから、この夏、ペースを落とすことになるのかどうか、正直まだ自分でもわからない。やめるつもりはないし、noteに飽きたのでもない。ただ、渦がないところで、無理に言葉をひねり出す必要はない、ということだけは言える気がする。書けない夏があってもいい。むしろ、書けないことにこそ、意味がある夏もあるのだと思う。

九月になれば、また教室に音が戻る。誰かの愚痴を聞き、誰かの代わりに動き、また軋みを感じる日々が始まるだろう。そのとき、たぶんまた、言葉が要るようになる。

今はまだ、蝉の声だけでいい

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